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行き違いについて

尻のだらしない女が好きだ、という趣旨の話をしていた。それに対して先輩は、『キュとしてた方がええや~ん!ケツはきゅぅぅぅ~よ!』と言っていたのだけれども、『きゅぅぅぅ~』の時の表情がまるでケツの穴みたいだったことにぼくは笑いを禁じえなかった。先輩は己の話芸でこの後輩が笑っていると思っているのだが、当然ぼくはケツの穴のような顔をしている先輩のご尊顔事情で笑っている。本当に伝えたいことが伝わっていなくても、結果が意図したものであれば良いという好例だろう。いろんな行き違いがあって、いろんな愛憎劇がありながらも、結果的にみんなハッピーになれたことは多くあると思う。


ところで、そもそも相互理解というものは成立するのか、という疑問がある。お互いを分かり合える関係になりたいだのどうこうと、付き合いたてのカップルのような話は夢想なのではと感じる。例えば、「好きだよ」「うん私も…」的なシチュエーションがあったとして、これが本当に言葉通り相互に理解し合って発した一対の言葉なのか、甚だ疑わしくはないだろうか。彼が生粋の高身長高学歴高収入のモテペニ夫であって、かつ彼女が生粋のキープ君量産女であった場合、一転、彼と彼女のどちらがライアーなのか?という詮索をせねばならなくなる。ユー、ライアーライアー、もう信じられないや、である。もちろん、直後に交わされる小鳥のようなキスだとか、あるいは最終的な生本セックスとかいうのは、ライアー同士であったとしてもお互いが意図した結果が成立しているわけであって、これもまた不思議な話、行き違いがあっても結果的に彼と彼女はどちらもハッピーなのである。ただ一つだけ言っておきたいことは、その瞬間だけはお互い愛し合っていてくれや、ということだけである。案外ピュアなぼくの良心に今後も期待して下さい。


これは何度も言ってることだが、女は男の勃起を安易に思いすぎている節がある。見せれば勃つとか、こすれば勃つとか、入れればなんとかなるとか、とにかく女は男の勃起力を軽く見すぎである。生来のインポテンツであるぼくは、気分が乗らないと全くもって勃起しない。ちんちんまで根暗なのである。乗らないというのは、エロければ良いというわけではなくて、完全オープンマインド、ユーアーウエルカムの精神がそこになければ全く勃起しないのだ。刺激、たりてます?ではないのである。究極のノンバーバルコミュニケーションがセックスなのであって、その「場面」がもっとも重要であり、また「場面」なしでは勃起なしなのであります。『ちんちんはデリケート…』、そんな言葉では片付けられたくないし、そんな言葉で片付ける女はたいてい『女の子の体はぁ、繊細なんだよぉ…』と言うから噴飯物である。貴様、ペニスをなめるな!いや、なめるのはいいけど、態度がなっとらん。とにかく、言葉をもってする相互理解はとても難しい。


すごく思考をシンプルにしたとき、例えば、サラリーマンが働いていることを確認できるのはタイムカードだけだ、という話を遠い昔に聞いた。誰がどんなことをしたかということなんて、当事者以外には分からないものである。分からないからこそ、いろいろな成果を何か記録に残しておきたいと思うのは至極自然なことだろう。『今が最高!好きなことしてずっと笑っていたい!』などと、頭の軽さを堂々と主張して憚らない、脳幹だけで生きているような人たちですら、お得意のフェイスブックやインスタグラムで記録を残していく。一方ぼくは、記憶に残っても記録に残さなければ自分は何にもしてこなかったのではないか、という一種の強迫じみた感情に囚われるから、こうしていろんなことを書いている。




by ahoi1999 | 2015-08-20 01:22 | 生活 | Comments(0)

決断の数

一家の恥だからという理由で叔父のことを語りたがらない母が、『兄貴の件で大事な話がある』と電話を寄越したきた。叔父さんはこの春先に大腸がんが発覚していて、もうどうにも処置ができないというところまではぼくも話を聞いていたのだけど、いよいよかと思った。『何かあったとき、緊急搬送希望しますか?って聞いてきてんねんけど、アンタどう思う?もうええか?』そういう趣旨の電話だった。正直、ぼくにとっては縁もゆかりもない人だ。鉄格子の国でただただ生きて、その日を呼吸して、30年以上もそれを繰り返してきた。思い出も想い入れも、本当に無い。ぼく自身は金銭的にサポートしているだけだけど、それは叔父のためではなくて母のためにやっていることだ。ただ母にとっては数少ない肉親であり、実の兄だという、その一点だけが考えどころだなあということだけだった。これは本当に言葉の通り、「考えどころだ」ということだけで、当の叔父さんについては何の感情も浮かばなかった。『オカンもよう頑張ったから、もうええんちゃう?』と言った。これはもしかすると悪魔的な後押しかもしれないが、延命の是非は明確に否定した。母は少しほっとしていたようだった。世の中には誰に責があるわけでもない、どうにもならないことがとても多くあって、せいせいるてん、ぼくは、これで、いいと思った。


リーダーの糧は決断の数、というようなことを言った人がいる。うちの会社の、少々あたまの弱い部長が言っていたことなのだけど、この人はいつも半分正解で半分間違いな、もっともらしいことを言う。チャラい広告代理店やTV屋とつるむことによって、おっさんでもモテる可能性に気づいてしまった哀れな中年である。今では雑誌LEONが一世を風靡した頃に量産されたちょいワルオヤジの成れの果てのような姿態を世間様に晒している。銀座や新地でひたすら飲み続け、シメに馬糞のような臭いのするクソまずい豚骨ラーメンを食べることが彼の生活習慣である。自称「家族想い」であるけれども、職権を濫用して有名人のサインを攫っていく悪人でもある。『娘が欲しがっているから』と部長は言う。それは家族愛なのか。会社が出稿する億単位のカネをちらつかせて買えるものが家族愛ということなのか。家族愛っていうのは、そういうことなのだろうか。甚だ疑問ではあるけれども、愛の形は送り手と受け手それぞれの感じ方でそれぞれあるものだし、部長一家はこれでよしなのだろう。確かなことは、彼自身が決断を重ねることによって現在の見てくれとポジションを築いたことだけである。


あの時こうしていれば今こんなことにはならなかった式の話は枚挙に暇がない。あの時涙ながらに昇進の推薦を懇願しなければ「懇願主任」と呼ばれなかった人や、あの時『これから1万1発目の花火を打ち上げよう』と言いながら股間を動かさなければ気持ち悪い人扱いされずに済んだ人。あの時ほんの少し意地を張るのをやめていたら、あの時もっとバカになって楽しんでいたら、あの時真面目すぎる返事をしていなければ。でも本当のところ、あの時と今と、どんな関連性があるのかなんて分からない。もしかすると、我々が勝手な意味づけをしているのかも知れない。大きく、そして重要な決断を経たから今うまくいっているわけではなくて、小さく、とても簡単な決断を経たから今うまくいっているだけかも知れない。人それぞれの意味を結びつけて納得さえすれば、ぼくはそれで良いと思う。100年くらい前に生きていたロシアのじじいはこんな風に言っていた。『われわれの個人的人生の一日が、それ自身としては無意味であり、われわれの人生が、そのすべての日々の連関においてのみ一つの意味を持ってくる』 ― ベルジャーエフ「歴史の意味」(1923)




by ahoi1999 | 2015-08-12 01:13 | 家族 | Comments(0)

夏の思い出

これといって、夏っぽい夏の思い出がない。そもそも祭りが好きではないことが大問題である。御輿に出店、打ち上がる花火。ぜんぶ嫌いである。何をするにも人が多すぎる。ものを買うにも、トイレに行くにも、待ち続けなければならない。浴衣を着て「帯がしんどい。足が痛い」を連発する女にもうんざりである。雰囲気が楽しいんだと言うならバーチャル3Dで楽しめばいい。もしくは部屋でやれ。お前の部屋をお祭り騒ぎにしてしまえ。お部屋でワッショイだ。ケンカもいいぞ。祭りって感じがする。出店の呼び込みもぜひ頼む。1時間ほどで現れるパトカーがお前の御輿だ。


小学生の夏はつねに宿題と共にあったし、中学に上がれば水泳ばかりやっていた。体重50キロの締まりきった体になった中3の時に初めて彼女が出来た。そしてその年のお盆のころ、彼女と地元の小さな花火大会に行った。花火はあんまり好きじゃないが、手をつなぐだけで勃起していた中学生には誘惑そのもののイベントであった。とても小さな花火大会は、勃起をしている間に終わってしまった。「ね~~今日ウチ親おらんっちゃ。だけんウチ来ていいよ!」と言われた。彼女は福岡からの転校生だった。カッチンカッチンになった童貞の股間と中学生の脳味噌を掛け合わしたらどうなるか分かりますか。ああもうこの浴衣?浴衣をひっぺがして?えっ、マジか!エーッ!バーーーーーン!となるのであります。その後の記憶がすっぽりと抜け落ちているのだが、プリクラを撮って帰って即オナニーしたことだけは覚えている。結局童貞には何も出来ない。全てに無力なのが童貞である。


私の周囲の人達はとても性的な夏に恵まれている。霞ヶ浦でキャンプ中に女子美大のチャンネーをナンパしてラッキースケベに至った先輩や、神戸の花火に誘った女性を射止めてアーンとなった先輩。古墳(1500年くらい前)の斜面で青姦して全身蚊にかまれた友人や、毎年夏になると狂ったように東南アジアへ女を買いに行く友人。私にはあんまり派手な夏はない。もうとっくに童貞ではないけれども、気温の高さで開放的になるたちでは無いのだろう。クーラーを効かせた部屋で、アイスコーヒーを飲んで、タバコを吸って、音楽を聴きながらマンガを読む。そういうのが私の夏。なにかをしているようでなんにもしていない夏が毎年過ぎていくだけなのである。元来がどうしようもない根暗であるというただ一点だけが残る。ひとつ急に思い出したのだが、中2の夏くらいにオナニー何回まで出来るかやってみたことがあって、6回目くらいで痛くなってやめた。無心であった。あの頃、テレホーダイの開始時間だけを待っていた。夏はいつもそういう風にして過ぎていく。


入社から数年が経ち、もう若手社員と言えるか言えないか微妙な立ち位置になった現在、夏はまったく暑いだけである。ただただ暑いだけの季節が夏である。逆に、ただただ寒いだけの季節が冬である。それ以外が春と秋である。これ以外に形容の方法があれば教えて欲しい。ホワイトカラーと言う名の頭脳労働者となった現在、季節は季節としての本質を取り戻した。いや、季節の本質に気付いた。気付かされた。とても端的にいえば、季節とは、気温の変化である。夏は暑い。向井秀徳だって言ってただろう。ファンだったら分かる。お前は分かる。お前は分からないな。知ってる人だけが知っていれば良い事だってある。教えてくれと乞うてくる奴に限って、親切心で説明してやったら「ふーん」だ。何が「ふーん」だ。うんこ塗るぞ。顔に。「うーん」だお前なんか。うんこのうーんだ。バーカ。


そういえば、曾祖母の葬式で母から「あーんして。あーんて」と言われ、葬式初体験だった幼い私はモグサを食う動作をした。あーんとは拝むということだ。場内からは笑いが起きた。小さな子供の間違いにみんな微笑んでいた。私はどうしようもなく恥ずかしい気持ちになった。曾祖母が亡くなったのは92年くらいだから、とても古い恥の記憶である。生前の曾祖母は、「わてはアホやさけ、せめてお国のためになりたい」と言って献体を希望していた。献体証明書のようなものが仏壇の横に今でも置いてある。明治生まれで高等小学校まで出ておいてアホでもなんでもなかろうと思うが、アホなんだそうだ。母は献体先の大学病院の前を通るといつも泣いていた。結局、献体して何がどう役立ったのかはよく分からないが、何か曾祖母なりに果たせていたら良いと思う。これは蛇足だが、あの大学病院で実習していた医学部卒の元カノ、子供が産まれて元気にやっているそうだ。




by ahoi1999 | 2015-08-04 01:25 | 思い出 | Comments(0)

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