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サイドビジネス

ぼくはテーマパークが大嫌いだ。小4の時に初めて行ったディズニーランド。これがすべての元凶である。まず買ってもらったばかりのカッコイイ腕時計を失くした。小学生のぼくにとって時間感覚がいかばかりの価値を持っていたのかは不明だが、何せ当時は腕時計に執心していた。誰彼かまわずせがんだ。恥も外聞もない。欲しかったのです。「ボンもうすぐ誕生日やろ?わし買うたるで」。母の勤め先の土建屋の社長が見かねて買ってくれた。立派な施しである。恥をしのんで買ってもらったのだ。にもかかわらず、失くしてしまった。10歳男児がテーマパークを嫌いになるにはこれだけで十分である。どうしてもあの腕に巻く感触を忘れられないぼくは、その後300円の高級ガチャガチャでたまたま当てた粗末な腕時計をしていた。1ヶ月もしないうちに壊れた中国製のその腕時計にはミニーちゃんもどきがあしらわれていたのだが、今考えればとんでもない皮肉である。

もうひとつ理由がある。ディズニーランドはあまりに人が多く、昼飯をとるにも一苦労。1時間くらい待ってようやく入ったしょうもない店で、ぼくはなぜかうどんをオーダーした。生まれも育ちも近畿であるぼくには、そのうどんの耐え難い濃さと辛さが傷心をえぐったように感じられた。想像してみて欲しい。朝から時計を失くして、黒いうどんに腹を撃たれる小4男児。こんなのは、あんまりじゃないか。夢を叶えた人の分だけ、夢を諦めた人がいる。楽しんだ人の分だけ、哀しんだ人がいる。ディズニーランドのアトラクションがどんなものだったか、ぼくには全く分からない。大切なものを失くして、変な物を食わされた記憶しかない。テーマパークはとても悲しい。

先日、髪を切りに行った。町家を改造した大変趣ある店構えが気に入って通っている。たいてい、クロちゃんと呼ばれている30歳のコロコロした女性がぼくの髪を切ってくれている。漫画太郎が描くババアの若かりし頃を思わせるような顔をしていて、好感度が高い。最近の彼女の悩みは、飼い犬に遊び相手としか思われていないことだそうだ。ドライヤーの音がするとワンワン鳴くらしい。クロちゃんが髪をセットする=お散歩だと犬は考えているようだ。自己中心的な犬だという感想しか浮かばなかったが、「アッハッハ、そうですか~!!」などと返答しておいた。どうでもいい話である。ぼくが問題だと思うのは、そこの店長だ。この前行った時は、このアラフォー女店長が担当してくれた。枯れ節のような顔をした店長がシャンプーしながら、「シャンプー選びも大事やけど、男の人はカラダの中からキレイにせんと、ハゲる」と言う。それはあるかもしれないと思った。「やっぱりサプリ飲んだりせんと」と。これもまあ、あるかもしれない。そして突然、「いま年収どんぐらいあんの?けっこう貰ってるやろ~エエトコ勤めてて」と話が変わった。なかなか直球で聞いてくる人も珍しい。いや、怪しい。とても怪しいが、心が太くやさしい子になりますようにと寺の坊主に名付けられたぼくの名において、この胡散臭い店長と嘘偽りない会話をしようと心に決めた。

ぼくはワーキングプアです、と正直に言った。勤め先はカンバンだけ大きくて実際の年収は少ないし、営業やってた頃なんて5億円以上の年間売上があっても年収はその1%以下だったと。薄利多売業界で致し方ないという話をした。「そこまで気付けてるんや~~ん!」と雄叫びを上げる店長。気付けるも何も、会社組織というものはそういうものである。「大企業でもいつ潰れるか分からへんやん?サラリーマンやってても生涯賃金2億円もないやん?」。その通りだ。「私の知り合いはね、年収1億以上ある人が5人位いるの。サイドビジネスっていうか、ひとつ高いステージに行けた人。あなたも才能ありそう!」。直感した。今ぼくは、ネットワークビジネスの勧誘をされている。6年ぶり3度目の体験である。全身に沸き立ち上がるゾクゾク感がたまらない。 アムウェイなんだろうか。ニュースキンなんだろうか。 そんなことを思いながら、「才能は無いです」と返答した。「でもね、例えばさ、年収いくらぐらい欲しい?」。アプローチを変えてきた枯れ節に、できるだけ普通な会話をして普通に押さえ込んでやろうと思った。

「850万あればいいです」と答えた。「850万あれば子供2人いても大丈夫だし、家も建ちます。身の丈に合わないお金を持ったところで、ぼくは使い道が分かりません。これぐらいでいいんです」。そうかぁ~残念やなぁ~でも考え方ひとつで成功掴めるんやで~などとしきりに枯れ節は言っていたが、ぼくは自画自賛に忙しくてあまり聞いていなかった。我ながらうまいことを言うものだ。店を出る前、枯れ節はこれからセミナーに行くと言っていたが、ネットワークビジネス・スキルをアップして帰ってくるのだろうか。説伏してくる枯れ節とそれを軽くいなすぼく。考えただけで絶頂に達した。ぼくは、これからもこの店に通い続けようと思った。

帰り道、コンビニに寄ったら乳がバーンなった服を着たムッチムチのネエちゃんがいた。ビールとカットパインを買いに来ていた外人がそのネエちゃんを目で追いながら、「ヒュ~~~」と口笛を吹いた。夢を叶えた人の分だけ、夢を諦めた人がいる。楽しんだ人の分だけ、哀しんだ人がいる。ぼくはこの日、どっちの人間になれたのだろうか。




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by ahoi1999 | 2014-06-24 00:05 | 生活 | Comments(0)

母と奇人

母には、頭のおかしくなった兄がいる。最近では「広島14万!長崎7万!広島14万!長崎7万!」と連呼している日々だという。たまに「警察に気をつけろ!アメリカ!」などと忠告してくれるそうだ。統合失調症の妄想は実に奔放である。母は「お兄ちゃんは夢の世界に暮らしてはるんやで・・・フフフッ・・・ヒヒッ!ハァーーッ!」と引き笑いをしている。逆噴射家族のリメイクがあるなら母を主演に据えるしかない。叔父とは、遠い昔に一度あったきり。当時4~5歳ぐらいだったと思う。病院のソファに座って面会をして、ぼくはみかんをもらった。忘れていると思ったのだろう。以来、一族の恥としてその存在をひた隠しにしてきたようだが、だんだんと察しはつくものだ。オフィシャル化したのは今年の正月。母は深刻そうに往時を語ってはいたものの、今では上記の通りである。狂気の中に正気ありというやつか。我が家はおかしみのバラエティパックである。

このようないきさつがあるものの、黒い話題は親子そろっての好物であり、その誘惑はいかんともしがたい。親子で休日のコメダコーヒーに入り浸り、ここ最近の強烈な個人との出会いを嬉々として語る様は、まさに糾弾ものである。奇人変人との出会いはネタとしてすっかり消化されてしまう。家を燃やされても致し方ないと息子としては感じる次第である。また、ネタとなる奇人変人との接触を介した結果、何故か堅い友情で結ばれ、不可解な交流が家族ぐるみで継続することもある。思いつくところでは、社長でもないのに社長と呼ばれている人物がそれに当たる。高島屋のデパ地下で惣菜を買っている時に「ぼくは百貨店に来ると興奮するんです!!」といきなり叫びだす奇人である。彼は赤帽で生計を立てている、還暦前の小汚いオッサンだ。ある日社長が他人と口論になって、ぶちキレた時の話を母から聞いた。激しい口論の末、沸点が頂上に達した社長は持っていた携帯電話を取り出し、逆パカするのではなく何故か口に含んだ末、噛み千切ってしまう。意味が分からない。携帯を噛み千切ったことで冷静になった社長は、「これで携帯の中身がどうなってるか分かったでしょう!!」と叫んでどこかへ言ってしまったそうだ。そんなことは知りたくも何ともない。口論の相手は呆然とするばかりであった。

まだぼくが仙台に居た頃には、こんなこともあった。「仙台に行くから、君のところに泊まらしてもらいます」と社長から連絡があり、出迎えたところ「コップのふち子ちゃんを探してるんや。日本橋に行ってもないから、仙台ならあると思て」と言った。頭がおかしいのである。仙台市内をひとしきり探し回ったあくる日、「ぼくが昔住んでいた東新宿のアパート、まだあるかなあ」と呟いて、朝一番の新幹線に乗って東京へと消えた。奔放である。偏屈を超えた珍人ではあるものの、かつては地元で生コン屋の社長をやっていた人でとても情に篤く、そのせいで会社を潰してしまったような人だった。頭はおかしいがバカではない、という母の人物評通りマトモと言えばマトモではある。母はその倒産した生コン屋で働いていて、それが現在に繋がる縁となっている。20年以上も前の話だ。甘いもの好きの社長は事務用品の輪ゴム一つや紙一枚の無駄遣いにも細かく、最初辟易したそうだが、その節約したお金でミスドを大量に購入してきて従業員にふるまったと言う。ドーナツ片手に「ちょっと節約するだけでこんなに美味しいものが食べられるんですッ!!」とひとりミスドの素晴らしさを語っていたそうだ。

最近母がニヤニヤしながら話をしてきたのは、病院で見かけた寝ているのか寝てないのかよく分からんおじいのことだった。もちろん赤の他人である。見舞いに行った先の隣のベッドにヨボヨボのおじいが居た。おかんは「こんにちは~」と挨拶したものの、全く反応が無かったそうだ。どうも耳が遠いのか、寝ているかのどちらからしい。しばらくすると、だいぶ離れた病室で看護師さんたちが大きな声で誰かに呼びかけているのが聞こえた。「〇〇さ~ん!〇〇さ~ん!」。廊下で反響する呼び声。すると突如、寝ていたはずのおじいが「ハアァ~~イ!!」と勢いよく返事をした。母は「(おじい耳遠いんとちゃうんかい!そんで寝てたんとちゃうんかい!)」と胸の奥で突っ込みを入れる。更におじいの名前は「△□さん」であり、「〇〇さん」とは一文字もかすっていない。母は内心、「(あんたちゃう!呼ばれてない!おじい、しっかりせえ!)」と突っ込み続けたと言う。

そういう母も、案外真面目ではある。「人をようよう見てやな、どんな人かを見抜いて、それが良い人やったらとことん付き合うたらエエわ。人の縁は大切にするもんや」と常々ぼくに言い聞かせる。この話は、「ただお金の貸し借りはしたらあかんで。借りたらあかん。貸す時はあげるつもりやで」と続く。身内ながら、なかなか感心させられる。論語の一冊より母の人生哲学。素直に耳を傾けるべきだと思った。母は今年50歳になる。



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by ahoi1999 | 2014-06-17 01:48 | 家族 | Comments(0)

滋味深さ

先日、料理本を探すためブックオフに立ち寄ったところ、ヘソだしルックの女が「エゴラッピンさがしてんねん」と言いながらCD売り場を徘徊していた。最下層の風俗嬢といった趣の女である。ぼくの股間にはりつめた緊張が走る。条件反射である。「しゃれとんな~!!しゃれとんな~!!」と連呼する、猿によく似た金髪の男を従えていた。さながら三蔵法師である。愚鈍な猿は三蔵の言うエゴラッピンという単語をよく理解していないようだった。とにかく女の機嫌を取ることに必死な様がおかしみを感じさせる。まだ他にもお供の男がいるようだったので、邦楽CDコーナーの角まで移動して出待ちをした。こんな面白そうな場面があるだろうか。ここで猪八戒みたいな奴が来たらどうしよう。「お」行の棚の前で「The very best of 大貫妙子」を出しては戻しながら膨らんでいく期待感。ぼくはこんなシチュエーションがとても好きだ。人間生活のおかしみである。「滋味豊かな」とサルバドール・ダリが形容したそのものなのである。真顔で大貫妙子のベストを抜き差ししているぼくと西遊記メンバーとの関係性にも注目したい。買い物という同じ目的でここに集まったはずの人間が全然違うことを考えている瞬間がどうしようもなく人間的で良い。人間とは滋味豊かなのである。そんな感慨に心震わせながらひとり膝を打っている瞬間現れたのは、頭が金斗雲の男だった。ひとりアサヒビール本社である。満足したぼくは「2001年宇宙の旅」のDVDを買って帰った。

ぼくはヘソを毎日メンテナンスしている。サイクロン状に発達した腹毛が、その中心であるヘソにホコリや抜け毛などを集積してしまうのだ。オンラインストレージのようなものである。ヤフー知恵袋によると、この類の相談は多いらしい。同類を見つけて安心したがるのは人の常である。ひとりダイソンと呼ばれる日も近い。しかしながら、ぼくはとても腕毛が薄いのだ。ボディが剛毛であることは、ごく限られた人しか知らない秘密。剛毛のことを考えると、セックスのときに毛が邪魔であると言われ嗚咽した夜を思い出す。以来ぼくはセックスする際、「ほうら、リアルもじゃ公だよ~」などとおどけてみせるのだが、これは自分が傷つかないための悲しい予防線なのである。初対面の人がほとんどの公衆浴場などでは、どんな顔をしていいのか分からない。小学校の林間学校で初めてちんちんをさらす時の感傷。ムッチムチのショーパンケツ女がはじめてショーパンを履いた日のような感覚に近い。ぼくの言ってる意味が分からない時はハッキリ言って下さい。

仕事で大阪の天王寺から今宮あたりをぶらぶらしていた。品位の低い大阪の中でもさらに一段と趣の違うディープスポット。コーヒーを飲もうと入った喫茶店では、真顔で鼻くそをほじっているオッサンがいて印象深かった。店を出て歩いていたらずっと鼻くそをほじりながら歩くジジイがいた。お分かりだろうが、この界隈は鼻くそのような街なのである。公園には日雇い労働者たちがたむろし、みなクシャクシャのタバコを吸っている。ボディピアスの化け物みたいなのもいる。昔、母の友人である生コン屋の社長が「あそこら行く時はわざと汚い格好して行かなあきまへんで」と言っていたのを思い出した。もはや明日の神話である。

住民は浮浪者がそのほとんどを占めており、みな在野の哲学者のいでたちである。浅黒く彫りの深い顔だちに、乱れた長髪と瞑想の表情。パクパクする口元が印象的だ。歯がなくなると、なぜアゴがしゃくれるのか考えながら歩くのにちょうど良い。リヤカーを引く彼らにはじゅうぶんな歯が残っていないのだ。8020運動とは一体何だったのだろうか。ただただ古代ギリシャの神話世界が眼前に広がる。そして街の中心部には、彼らが3K労働で得た泡銭を巻き上げる巨大なパチンコ店があった。論語の一冊よりも先哲の箴言よりも心に突き刺さる光景だ。ここには貧困の縮図がある。ぼくはほろ酔いオヤジの説教は嫌いではないし、経験則による迫真の一言も多いのだが、実際見ないと分からないことだってある。ここへの社会科見学は必須と感じる。義務教育のカリキュラムに組み込むべきだろう。オカンのヒステリックな「勉強せえ!」よりも確実に効果的である。

就職を期に滋賀の田舎から出てきて、東京と仙台にはある程度長く住んでいたが、大阪ほど人間がおもしろい土地も他にないと感じる。礼賛ではなくて、大嫌いで大好きという意味であり、つまるところ滋味豊かな土地であるということだ。一種のおかしみである。窓の外から、「んなもんお前、アレやろ?んなもんお前、ワシかてよう言わんで!んなもんお前、そんなもん」という声が聞こえてくる。そんなもんとはどんなもんなんだろうか。雲をつかむような内容の話である。この街の色に染まることはまずないとぼくは確信している。



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by ahoi1999 | 2014-06-15 02:20 | 生活 | Comments(0)

道路沿いの家

暑いので窓を開け放っているといろんな奇声を受信できる。さっきなんかは「アーヒャッ!ウヒッハッハ!!(ブロロロ…)」という音を聞いた。先日は、「ウォォェェエレアーレイェオアァ!!」などの奇声を唐突に浴び、失笑を禁じえなかった。ぜひ声に出して読んで頂きたい。ぼくはしている。声ならぬ声がいちばんエモーショナルに心まで打ち響く。鬨の声なのである。ただここで留意しておかなくてはいけないことは、奇声を発していると思しきご当人は、奇声を発していると思っていないというパラドクスだ。彼らにしてみれば、ただの笑い声であるし、気持ちよくチャリをこぎながら歌を歌っている、というだけのことなのである。ぼくのような人間から頭が足りていないと思われた挙句、ふとした瞬間の情けない声まで真似されている事実を知れば、とても不本意な気持ちになるだろう。ぼくがやっていることは産経写真部がよくやる瞬間トリミングの手法なのだ。例えば、意地でも美の中に醜を見つけて、「ほうら、お前だってこんなになってるじゃないか」と迫るのである。つまり変質者の手法である。ぼくは社会人になってから背骨がS字に曲がっていると医者に宣告された。体が曲がると心も曲がる。字が汚い奴は心も汚い。昭和の教育は間違っていなかった。

今でも鮮明に思い出せる出来事がある。保育園の年長さんだった頃、園内でサッカーごっこをやっていた。ぼくはゴールキーパー。当然、キーパーなので派手な動きは無い。ゴールに見立てた壁の前でじっとボールを待つ。その様子を見ていた保母さんが、年少の子を腕に抱えながらこう言った。「お兄ちゃん何してはるんやろな~~全然動かはらへんな~~フフッ。おかしいな~~フフッ。」瞬間トリミングとは、こういうことなのである。彼女からすればぼくは、サッカーごっこをしているのではなく、ただ立っている人なのである。ぼくは5歳にして、分かってもらえない悲しさと、分かってもらうことの重要さを理解した。

その点、フェイスブックの「友達ではありませんか?」は、とても迷惑な機能だ。忘れ去りたい過去は人間いくつかあるもので、アルバムの断片を寄せ集めたようなSNSには恐怖しか感じない。ぼくはまず嫌いな上司をブロックする。よき部下であるために。出会って1時間でペッティングしただけの女もブロックしよう。性欲の塊だったとしておいたほうが都合の良い場合もある。高2の時に振られた先輩も同様である。トリミングしたイメージだけで、ぼくを語って欲しい人もいる。

小さい頃、団地に住んでいた。公団住宅である。6階建ての集合住宅が全部で19棟あったその広大な敷地内で、つつじの花をくわえ蜜を吸いながらブラブラしたり、小銭を拾い歩いて自販機のジュースを買ったり、白い野良犬をからかってかかとを噛まれるなどして楽しく暮らしていた。団地と言う独特のシチュエーションがそうさせるのか、変わった人も多かった。夏になるとやたらトコロテンを食べろと勧めてくる鼻毛むきだしの好々爺や、毎夜ニンニクを焼いて異臭騒ぎを起こす老婆など実に多彩であった。中でも、小学生にしてちんこの皮がずる剥けだった小汚い友人がいたのだが、ぼくの中で彼はヒーローだった。ときたま、投棄されたエロ本を収集して鑑賞会を催すのだが、描かれたちんこと自分のちんこを見比べると全く違うのである。当時のぼくのちんこはミニひょうたんぽい形であり、それは今も変わらない。悲しいけれど、被っているのである。百姓のほっかむりである。しかし彼は違った。エロ本そのままなのである。まさしくペニスであった。フロイト流に言えば、父性の象徴である。フェイスブックによると、彼は今、1児の父である。

ちっさいオッサンである私は、一般成人男性と同じ脚のストロークでは並走できず引き離されてしまうことが多々あり、歩数で補おうとたいへん忙しく歩いている。通勤するときなどは、急ぐあまりちっさいオッサンがじたばたしている風にしか見えない。会社の300メートル手前ぐらいまでじたばた歩を進めていると、先輩や後輩に出会うことがよくある。ぼくはこれがとても嫌で、とにかく気付いていないことにする。目が合えば伏せるし、信号では真後ろに立つ。死角に入ろうと必死なのである。学生の時もそうだった。じたばたしながら、ピタリと背後につく。動かざること山の如しである。前世は変質者なのかもしれない。カルマの業を感じる。しかしこれだけ言っておいて勝手なのだが、帰りはとても気が大きくなり、先輩や後輩を無表情で追い抜かしたりして帰る。あっ、とも言わせない。疾きこと風の如くである。会社には無愛想で能面のような顔をした事務員さんがいるのだが、帰りのエレベーターで一緒になれば、ぼくも能面のような顔で会釈できるほど余裕がある。形態模写である。自分にはサイコパスの素質があります。

とにかくぼくは、家に帰れるという状態がとても気に入っている。この文章を書き終えようとしている今、外では暴走族がほんまもんの黒塗りセダンに追い回されている様子で、さっきから我が家の周囲を何周もしている。クラクションと罵声にこの近辺の民度の低さを噛み締めながら、ちびくろサンボを思い起こした。木の周りを周回するトラがバターになって、そのバターでもって食べたパンケーキの枚数を競うというクレイジーな話だ。今となってはまともに読めない内容の話ではあるが、幼いぼくは神妙な顔で読み聞かせてもらっていた。成長とは一体なんなのかを考えさせられる。



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by ahoi1999 | 2014-06-10 02:52 | 生活 | Comments(0)

おかしな祖父

祖父は風変わりな人だった。重度の痔持ちであり、一度トイレにこもると二時間は出てこない。一回の大便で週刊誌を一冊読んでしまう猛者も祖父を差し置いて他には居るまい。オフィシャル的には痔と呼ばれていたものが実は脱肛だったと発覚したのは、大腸ガンが発覚して入院した時のことであった。不謹慎ながら、母もぼくも肩をうち震わせていた。たまらず母は「アッ、アンタなあ。看護婦さん言うてはったやんかぁさっき…フフッ!ハハッ!おとうちゃんなぁ~脱肛なんやて!アッ!ハハハハッ!ヒーッ!」と得意の引き笑いを交えつつ爆笑していた。母には、ぼくもちょっと脱肛気味であるらしいことを、その場を借りして申し伝えておいた。もう5年も前のことである。

祖父には何か一つお気に入りを見つけると、執着してしまう癖があった。だいたいの場合は、食べ物なのだが、たまに食べたうなぎがおいしければ、半年はそればかり食べている。もう潰れてしまったパピヨンという名のパン屋で買ったメロンパンがおいしければ、これも半年続けて食べていた。体調を崩す直前には、天ぷらばかり食べていた。おかげで、高齢者の一人暮らしであるというのに、毎月20万程度の出費。内訳のほとんどは食事代である。

奇妙な行動にも定評があった。うなぎばかり食べていた頃、家のまわりには野良猫がよく出没していたのだが、祖父はうなぎの皮だけを綺麗に残して野良猫に与えていた。猫もたまったものではなかっただろうが、野良なのだから致し方ないのだろう。毎日うなぎの皮だけを食べに来ていた。しかし、どうやればあんなに綺麗に皮だけ残せるのだろう。こんなこともあった。「わしはな、綺麗な小銭だけで支払いたいんや」と言い出して、ありとあらゆる小銭をピカピカなものとそうでないものとに選別して、得体の知れない缶にそれぞれ分けて入れていた。当然ながら、ピカピカの小銭などそうそうあるわけではなく、汚い小銭ばかりたまっていく。このことに関してはいっこう意に介していない様子で、何故か玄関に置いてあった事務机の引き出しへとどんどん放り込んでいた。お札はまるで折り紙かのように3~4回折り畳んで財布に入れていたので、ますます意図が不明である。ピン札はくしゃくしゃにするのに、小銭には異常なこだわりを見せた。

愛想の良い人だったが、友人と呼べる人は一人も居なかった。例えば、ざるそばを上手に食べられず、箸で持ち上げたそばを空中でブラブラさせていつまでたってもそばつゆに浸せない。飲み物は必ずこぼす。万事そういう人だったから、とてもジジ臭く、ドン臭いのが嫌われたのかもしれない。車の事故だって何度やったか分からない。30年以上前、ハイエースで自宅に突入したことだってあったと母から聞いた。自己中心的で絶望的に間の悪い発言をすることも多く、親族含め周囲は辟易していた。祖父がよく寝言で自分の姉とケンカしていたのをよく覚えている。「テルコォォォ~!2階から放り投げてやるぞォ~」。まったく物騒な寝言である。夢の中で投擲されたテルコも御年88歳。いい迷惑である。祖父は若い頃教師を目指していたが挫折し、曽祖父の勧めで書店をやっていたのだが万年赤字経営でうまくいかず、最終的には工場勤務に職を落ち着けたのだが、これが性に合っていたのかもしれない。母は最後まで実の父である祖父を憎んでいたようだが、おかしな父に振り回された娘としては、当然の感情だと思う。

しかし、ぼくにとっては良い祖父だった。おかしな祖父がぼくの標準値だったから、多少のことは驚かなかったしこういう人だと思っていれば何の支障もない。孫への優しさというワンクッションもあったと思うが。世間一般の孫に漏れず、よくゲームを買い与えてもらったが、何より本だけは惜しげもなく人並みの孫より読ませてくれた。今でこそマンガをよく読むが、ぼくが小さい頃に読んだ記憶はほとんどない。小説ではなく自叙伝を。図鑑より百科事典を。祖父の教育方針なのかどうかは分からないが、とにかくそういうものをよく買い与えてくれた。ぼくにとっては、祖父がいちばんの生き字引であったことは言うまでもないのだけれど。

ギャンブルはやらず、女もまるっきりダメ、酒すら飲めないのに生活の才なく祖父の家計は常に火の車。その父である曽祖父が残した京町家づくりの家だけが唯一財産と呼べるものだった。敷地の半分を占める庭にはヒイラギやマキがあり、ツツジとキンモクセイが季節になると花を咲かせた。防空壕跡には投擲テルコが進駐軍にもらったというバラが植えてある。岩めいたものと灯篭。代々商売をしていた関係でこんもりした小山の上にお稲荷さんがあったりもした。この小山にはかつて飼っていた犬のジョンが眠っているという。ジョンも進駐軍からもらったらしい。お稲荷さんとの関係は大丈夫なのだろうかと子供ながら心配になった。夏になると手水鉢にはボウフラがわくので、祖父の家に行くたびにたまった水をひしゃくですくうのがぼくの役目だった。祖父の機嫌がノッてる時は、曽祖父の遺品である蓄音機でフランクシナトラを聴かせてもらったりした。

ぼくは今年、正月早々大事故を起こした。仕事帰り、秋田の高速道路。当時の気温はマイナス4℃で大雪だった。突然前が見えなくなって、運転していた営業車がスリップ。トラックと正面衝突して、弾き飛ばされた反動でまたトラックと衝突。結局4台が絡んで高速を止めてしまった。車は大破してベコベコになったけど、痛くもなんともないし翌朝病院に行っても診断書すらもらえなかった。迷信はバカにするほうだけれども、今回ばかりは祖父が守ってくれたんじゃないかと思っている。事実、奇怪でどうしようもない人だったけど、ぼくにはやっぱり、良いおじいちゃんだった。




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by ahoi1999 | 2014-06-04 00:25 | 家族 | Comments(0)

虫捕りのこと

小3の夏、親戚にもらった100匹の鈴虫を全滅させてしまった過去がある。ハンコ屋を営む親戚がとてもマメな人で、店舗兼自宅の地下室で毎年毎年鈴虫のブリーダーのようなことをやっていた。「どうや、いっぺん飼うてみるか?」と言われて、そんなに飼いたくもなかったが「うん」と言ってしまった。どうやら人の好意を踏みにじることが出来ない性格はこの頃にもう完成していたらしい。家に持ち帰って、キュウリやナスなどを何の考えも無く次々投入し、気付いたら全滅していた。その年の年末、「鈴虫どうや?」と親戚に聞かれたぼくは、「全部死んでしもた」と答えた。「うん、そうか」と言った親戚の悲しそうな顔がいまでも忘れられない。小学生が夏に飼う昆虫No.1のカブトムシだって、毎年すぐに死なせてしまっていた。8月31日と言われて思い出すのは、大量に残された宿題の山とカラカラになったカブトムシの遺骸なのである。これら一連の出来事によって、自分には犬畜生以下の動体について全く関心がないことに気付いた。

ただ、虫捕りは楽しかった。数年前ボケて死んでしまった祖父がまだ健在だった頃、よく裏山に連れて行ってもらった。朝も昼も夕方も。時には早起きして深夜に出かけたりもした。「カブトムシかて、クワガタかて、ぜんぶクヌギの木におるんや」と言う祖父の後ろを着いていく。玉虫をつかまえた時もあった。テンションのあがる祖父を前に、マリオカートの最終ステージみたいな色をした虫だとコメントするには気が引けて、「おじいちゃん、きれいやな」と言うのが精一杯だった。ボキャブラリー教育は大切だと感じる。

祖父はとにかく孫が可愛いらしく、ぼくが行きたいと言えば快く山へ連れて行ってくれた。ただ、虫ならなんでも捕まえてしまうところだけがぼくの唯一の不満だった。ある日、クヌギの木に群がるカブトムシを見つけた祖父。もう夜だったので、懐中電灯を照らしながらの探索だった。クヌギの木には蜜を目当てにいろんな虫が集まる。一番危険なのはスズメバチだ。祖父は虫捕り網を駆使してスズメバチを捕らえ、地面に叩きつけた後、執拗に踏んづける。「刺されたら、かなわん」。スズメバチも同じようなことを思っていたのではないか。年金受給者は恐ろしいぞと。スズメバチの断末魔を見届けたら、ついにカブトムシの捕獲である。祖父はどんどん虫かごへ入れていく。根こそぎである。カミキリムシもいたが、祖父はおかまいなしだ。帰宅して戦果の確認をする。カブトムシ、クワガタ、カナブン、カミキリムシ。他に見慣れないやつがいた。やたらすばしっこい黒い物体。祖父は「カブトムシのメス」と言い張って聞かないが、ぼくは湧き出る違和感を隠し切れなかった。

祖父の大便は長い。長年の痔わずらいのため、二時間はかかるのである。祖父の最晩年、入院先の看護師さんに「おじいちゃん、完全に脱肛ですね」と言われるほど重篤だった。脱出した肛門と大便とのせめぎ合い。恐ろしいほどの長丁場に納得である。そのため、トイレには扇風機、電気ヒーターを完備しているし、雑誌や新聞なども豊富だ。ぼくはこの長いトイレの間に、例のすばしっこい奴の正体を確かめようと考えた。図鑑を引っ張り出してきて、ページをひたすらめくっていた。すばしっこい奴は、捕獲から数時間経つというのに、いまだ活発に動いている。正体は、ヤマトゴキブリだった。ぼくは迷わず裏山へ走って、そいつを捨てた。次の日の昼、祖父は番茶を沸かして、大好物のメロンパンをほお張っていた。祖父の体面もあるだろうからと、昨夜のことは何も言わずにいた。孫としてこの選択は間違っていなかったと今でも思っている。

金曜の夜、買い置きのカップラーメンを食べてテレビを見ていた。ベランダの様子がおかしい。網戸の向こうから怪音である。ジリジリジリ、パサ。ジリジリ、パサ。これはどうやら、羽を持った何者かがじたばたしている。飛んで落ちてを繰り返しているようだ。こんなのは、あまりにも無味乾燥じゃないか。虫の音はもっと風流なものだと思っていたのに。後期高齢者が蚊取り線香の置かれた縁側に座り、月の夜空を見上げながらぼんやりするようなシーン。シンセサイザー的なピロピロ音ではない、生のサウンドがエモーショナルに語りかける。Jimmy eat worldも真っ青なジャパニーズバグズの世界観があったはずだ。ところが、この得体の知れない羽音である。奴かもしれない。ゴキブリの恩返しなど聞いたこともない。確認するのも億劫であるし、正体が判明したところで出来ることなどないんだ。ぼくはそっと部屋の明かりを消して、「向かいの公園に飛んでいけ!飛んでいけ!」と心から念じた。




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by ahoi1999 | 2014-06-02 01:51 | 思い出 | Comments(0)


内務省御検定済


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