息子とテルコ

母が息子に買ってくれたおもちゃがある。
押すと音が出る大小さまざまなボタンや球が飛び出したりするギミックを備えた、なんともやかましいおもちゃである。
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息子も気に入っているようで、アーアーウーエィッ!!と喃語を唱えながら所々を触りまくっている。
彼なりに楽しんでいるようだ。


ところで、側面にはこんなボタンがある。


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青い星型の「メロディ」と書かれたボタンを押すと、童謡が1コーラス流れる仕組みだ。オレンジ色の「せんきょく」で曲を変えられる。正確には分からないが、5曲くらいは音源が内蔵されているようだ。このおもちゃが到着して2か月余り、息子もこの機能に習熟してきたらしく、頻繁に押してはヘラヘラとひとりで笑っていることが増えた。



当家には家庭内知能序列というものがある。厳然たる事実により、その序列は決まる。現時点での家庭内知能序列1位は国公立大卒の嫁、2位が三流私大卒のぼく、3位うさ太郎(メス・2歳)、4位が息子、5位はうさお(オス・1歳)である。また、うさぎの名付けは嫁によるもので、ぼくはただ嫁がうさぎを呼びかける声で「そうなのか」と気付くだけである。



最近、その家庭内知能序列4位の息子も知恵がついてきたようで、例の「メロディ」ボタンを押してはぼくに童謡を歌うよう強要してくる。歌わなければぼくの顔を無表情でじっと見つめてくる。関心がない風にしていると、またボタンを押し、無表情で見つめてくる。鳴り終わるとまたさらにこれを繰り返す。「大きな栗の木の下で」の、電話の保留音のような人工的な音源がリビングに響きわたるのである。繰り返されるその空間、空気、視線にぼくはさすがにたまりかねる。その瞬間、歌うしかないと感じ、『おおきなくりのぉ~きのしたでぇ』と始めたらそこでもうおしまいである。先ほどとは打って変わって息子はニタニタと笑い、人差し指で「メロディ」を押す。ぼくはあの無表情と保留音が織りなす独特の「間」が再び訪れるのが嫌で、『おおきなくりのぉ~きのしたでぇ』と歌う。それを見てまたニタニタと笑う息子。人差し指は既に「メロディ」ボタンを押せる位置に置かれている。先週ぼくはこのループを15回やらされた。声もかれ果てる。嫁は『私は手拍子。』と言っていた。



日曜日に、息子を連れてテルコのところへ行ってきた。昔このブログにも書いたあのテルコだ。風変わりだった亡き祖父の姉であり、ぼくの大伯母。今年で92歳になる。数週間前に発熱とも言えないような発熱が続いて入院し、しかし検査しても異常はなく、数日経ってごはんが食べられなくなり、今は点滴だけで生きながらえている。医者は老衰だと言う。胃ろうは本人が拒否したそうだ。総合病院の個室。ひとめ見て、この人は死んでしまうなと思った。母方の身内からは3人見送ったが、死んでいく顔/死んだ顔は皆一様に同じだった。だいたいが曽祖母か曽祖父の晩年の顔に似てくる。一族みんなそうだ。テルコは、曽祖父の晩年に似すぎている。そういう死んでいく顔をしていたから、思わずいったん退出して、気持ちを整理してからまた病室に入った。



声を掛けると、『ああ』と返事があった。いろいろと問いかけるが、『ああ』としか返事がなかった。というより、それしか出来ないようだった。耳はしっかり聴こえているし、ぼくがやってきたことも理解も出来ている。体だけが追い付いていないようだった。息子は人見知りをして泣いた。泣いているが、抱きかかえてテルコの枕元に下ろした。すると、ぐったりしていたテルコが手を伸ばして息子の体を触って『ああ』と言った。いろいろなところを触って、触るたびに『ああ』と言った。今生の別れになることが分かっていたのかもしれない。なるべくテルコが手を伸ばせる位置で息子をあやしながら、ぼくはいろいろな話をしたが、内容はあまり覚えていない。返事が『ああ』しかないから、一方的に話すだけだったし、ぼくはぼくで何でもいいから話しておきたかっただけなのかもしれない。



面会終了時間が来て、『また来るから』と言って握手をした。テルコはとにかくアメリカナイズされているから、その後にハイタッチを求めてきたので応じた。そんな体力がどこにあるのかは全く分からなかったが、とにかくテルコらしさはあった。親しい身内が死んでしまうのは(まだ死んでいないけど)、悲しいことだ。ぼくは親戚付き合いが熱心ではないし、まあ年に1度くらいは会っとくか、会えなかったらまた来年でいいか、程度でしか親以外の身内と関係しない方だけど、それでもやっぱり悲しい。人は生まれて死ぬ。テルコは死んでしまうけど(まだ死んでないけど)、息子は何事もなければ生きていく。あの病室では、なんというか生と死が交錯していて、また死も生を完全に諦めてはいなくて、ぼくはその中間で、感情がぐちゃぐちゃになる光景があった。息子をバギーに乗せ、エレベーターを降り、病院の休日出入口から外に出ると涙が出てきた。駅に向かう途中、あんまり涙が出てくるので、訳が分からないのも分かった上で『もうおばちゃん死んでしまうんやで』と息子に言ったら、息子は声を上げてびっくりするくらいゲラゲラ笑った。ありあまる生は、死の前ではあまりにも不謹慎だ。そんなことを思って、ぼくは泣きながら笑った。




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by ahoi1999 | 2018-04-11 01:12 | 家族 | Comments(0)


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