幸せという概念について

世の中のありふれた「女の幸せ」論とか、「家族のある幸せ」論というものはパッケージ化された見本市のようなもので、ぼくはその言説を全く信用していないし、おそらくみんなも何がしかの違和感を持っているに違いないと思う。むしろ、そういう「幸せ論」はある意味ラベリングであって、結局は「こうあるべきだ論」に終始するだけのどうしようもなく押し付けがましいものだし、とても傍迷惑だ。人の数だけ考え方や捉え方はあるわけで、人の数だけ幸せの形があってかまわない。



フェイスブックの通知がえらいことになっていたので、久しぶりに開いてみた。何十もの通知の中から、はるか昔、まんこが臭すぎて別れた女が結婚したことを知った。「まんこが臭すぎて別れた女」である。我ながらひどい話である。あれは高1の時だった。友達が家に遊びに来ると言って、いいよと言ったら、ややぽっちゃりではあるものの可愛らしい女が友達の後ろから引っ付いて来た。名前を、さやか、と言った。コタツに入りながら他愛もない話をして、翌朝ふたりは帰って行った。その日の夜、ぼくのガラケーに「わたし傘忘れてないですか?」とメールが来た。スカイメールである。ボーダフォンユーザーの我々は、昨晩連絡先交換をしたのであった。「玄関に見慣れない傘がありますね」そんなやりとりをした。



翌週、さやかはひとりで家に来た。そして、セックスした。「忘れた傘を取りに来てセックスをする」という、訳の分からなさが、ザ・青春という感じなのだが、問題はそこではない。まんこが臭すぎたのだ。そもそもまんこは臭いという概念(あるいはラベリング)がある中でも、特別臭かった。この世のものとは思えないくらいだった。そこを押してセックスしたのだ。まんこが臭くても10代の性欲は勝つ。これぞザ・青春という感じがする。そしてさやかとぼくは、「忘れた傘を取りに来てセックスをして付き合った」。不可解である。よど号事件的な、超法規的措置である。性欲はマン臭よりも強い。福田赳夫ばりに言ってのけた。しかしながら、10代の恋愛のほとんどがそうであるように、結果長くは続かなかった。ぼくは生粋のクンニボーイとして、現在まで性的活動に従事してきたわけなのだが、果たしてこのまんこ、どのようにクンニすればよいのか途方に暮れる有り様で、そもそもクンニとは?クンニリングスって何や?名前おかしいやろ、そもそもまんこもおかしいやろ名前、ちんこも何やねん、どういう名づけの発想やねん等と不要不急の自問自答を繰り返すようになり、徐々にクンニ精神を蝕まれていくことを自覚、遂に別れを決意したのであった。当然ながら、まんこが臭いと直球で言えるはずもなく、当たり障りのない理由で別れた。さやかは泣いた。号泣していた。ますます、まんこが臭いから無理、という理由を告げられなくなった。かくして、「忘れた傘を取りに来てセックスをして付き合った女のまんこが臭かったので別れた」という、本当にどうしようもない2002年冬のエピソードが完成した。あれから14年。幸せオーラ全開のさやかは、ぼくとは全く違った概念の幸せを獲得したのかもしれない。



そもそも、ぼくは幸せという感覚がいまいちよく分からない。正確に言うと、「幸せという意味の言葉」と「幸せという感覚」が一致したことは今までにない。例えば甘いパフェが好きだけど、ひとくち食べた瞬間「シアワセ~~」みたいな感想は一切出てこない。『甘くて美味しい』それだけである。もうすでに感じているのか、それともこれから感じるのか、それすらも分からない。あまり意識していないだけなのかもしれない。けれども、ぼくは、今までもこれからも、なんとなくイイ感じで続いていく気がしている。幸せかどうかは分からないけど、なんとなくイイ感じ、だとは思っている。



感覚には統一された度量衡がない。ものさしが無いのだから、実際に味わっている感覚とそれを表す言葉の意味とに誤差が出るのは、考えてみれば当然だ。つまり、ひと様の感覚に対してどうこう言うことは、あまり意味のないことだとも言える。それでも「幸せ論」的に、感覚について言葉を尽くそうとするのだから、人間というものは滑稽だ。我々人間は互いに言葉を通い合わせて意思疎通を図らないといけないのだけれど、感覚はしかし、同じものさしで共有できないから、社会的に通用するひとつの指標を創り上げ、無理矢理ものさしを統一させようとする。考え方や感じ方、その全てについて人間は社会化されなければならないし、社会化され得る人間が必要だということは明白だけれども、ぼくのような落ちこぼれもたくさんいる。



結局、気の合う者同士がいちばん楽だ。何なのかよく分からないまま話したり遊んだりつるんだりする、その理由を言葉で表すことは難しい。つまりそういうことだ。本当に息をのむほどの衝撃を受けた音楽や本、映画について、ぼくたちは十分に語り得るだろうか?ほとんど感覚的だし、言語化できないし、共有できない。言葉を尽くせば尽くすほど、逆に嘘っぽく、薄っぺらく、中身のないものに感じてしまう。彼氏のいいところを自慢しまくる女の迎える末路が、ハッピーエンドだった試しがない。当たり前のことをさも「やりました」とドヤ顔で言っている奴が、良い奴だった試しがない。大声で幸せだ~~!と叫んだ奴は、たいてい宗教やってるかマルチ商法にハマっていた。結局ぼくらは内心「イイ感じ」と思えていたら、それがいちばんの幸せなのかもしれない。




[PR]
by ahoi1999 | 2016-11-23 02:47 | 生活 | Comments(0)


内務省御検定済


by ahoi1999

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
家族
通勤
生活
思い出
妄想劇
未分類

以前の記事

2018年 04月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 08月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 01月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月

お気に入りブログ

最新のコメント

手汗がひどいので手の甲だ..
by ahoi1999 at 17:59
たしかに。語感大事です。..
by ゆ at 19:35
その通りです。ご名答です..
by ahoi1999 at 15:22
あほいさんの由来はクラム..
by ゆ at 19:49
それはどうも、ありがとう..
by ahoi1999 at 02:27
あなたにあこがれてブログ..
by ゆ at 00:25
なるほど? 読み物とし..
by よ at 10:08
ありがとうございます。社..
by ahoi1999 at 21:17
なんかもう、なんかすてき..
by よ at 23:00

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

息子とテルコ
at 2018-04-11 01:12
思い出をしがむということ(C..
at 2018-01-24 01:13
2017年の音楽(に、まつわ..
at 2018-01-05 00:47
年の瀬のこと
at 2017-12-27 01:30
今年の夏のこと
at 2017-08-05 04:03

外部リンク

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
家族生活

画像一覧