夏の楽しみ方

つい先日、先輩に誘われるがままストリップを見に行った。その日はたまたま、淀川と神戸の、大きな花火大会がある日だった。先輩は言った。『淀川の花火なぁ、嫁と行こう言うててんけど、俺はストリップのほうがええわ。』先輩は、生来の不具者である。脳構造がおかしいのである。「嫁とストリップ」という命題で、二者択一を求められるのであれば、世間の「夫」と呼ばれる社会的役割からして、通例、「嫁」を選ぶであろう。彼をアウトローと呼ぶには、言葉が良すぎると思った。私は東京にいたころ、浅草ロック座という、日本を代表するストリップ劇場に足を運んだことがある。その時は、会社の同期の、「はしもっちゃん」という男が、『あの、俺、童貞やから、見たことないねん、ま○こ』と全く表情のない顔をしたので、一緒に行ったのだった。『正直、風俗は、俺、無理やねん』と言うものだから、選択肢はこれしかなかった。その日はちょうど、小向美奈子という、のちに覚醒剤で逮捕されるAV女優が出ていた。彼は食い入るように見ていた。円形のステージが回転するのだが、はしもっちゃんは体を前後左右に傾けながら、いわゆる「かぶりつき」の態勢で見ていた。終演後、はしもっちゃんは言った。『今日はほんまに良かった。あんなんやとは思わなかった。すごいな。東京すごいな。』後にも先にも、これほどまでに興奮したはしもっちゃんを見たのはこれが最後だった。彼は、2年前に会社を辞めた。



先輩と私は京都まで来た。わざわざ、である。『人が多すぎるから、淀川と神戸は同日開催なんよ。割れさすわけよ。わざと。』などと、どうでもよいウンチクを聞かされながら、ストリップ劇場まで歩く。先輩は私を誘ったにも関わらず、劇場までの道も、当日の上演内容も、割引の有無も、『いや、分からん』と言う。そもそも、調べてすらいない、結局私はナビゲートしつつ、当日は「素人ショー」なる内容だということと、「ホームページを見た」で2,000円割引になることも伝えた。『あ、ほんまぁ』と先輩は言った。劇場の前には、目がグリグリした彫りの深い、浅黒い肌の、腰のひん曲がった小男が立っていた。私はピースサインを出しながら言った。『おっちゃん、2枚で。』小男は言った。『ア、ア、なんか、持ってる?ウチの、ウチの。ア~~。持ってる?』これは、完全に意味不明である。ディスコミュニケーション状態である。手入れのされた形跡のないボサボサの髪で、よれよれのポロシャツを着ているこの小男の、不具者然とした成りからは、「本物感」しか無かった。推論が必要なのである。私は、私の健全な脳を駆使して、返答した。『あ、ホームページ見ました。』すると言語不明瞭の小男は『ア、ア、じゃあ、アッチ、アッチ、6,000円』と言った。私は、私の推論の、その強固さに感心しながら、代金を手渡した。先輩は阿呆のような顔で、私の後に続いた。



扉を開けるとそこは、さながら煉獄であった。100席はあろうかという座席は、還暦を過ぎたジジイで埋め尽くされていた。ステージには、マスクやサングラスをつけて顔を隠した「素人」たちが、軽快なサウンドに乗せてケツを振っていた。先輩は一気にボルテージが上がったと見えて、『おい見ろ、オマンチョ様やぞ!』と叫んだ。オマンチョ様。33歳の既婚者が叫ぶ言葉とは到底思えない。だいたい、あんただって腐るほど嫁のオマンチョ様を見てきただろう。いや、それまでも、色んな女のオマンチョ様を見てきただろう。改めて感慨ふけるほどのものでもない。しかし今思うのは、農耕民族としての、女系信仰の、そのファンダメンタルな発露があったのかもしれない。でなければ、これほどまでのこじつけをしなければならないのは、私は仕事上尊敬しているこの先輩を本当に「本物の人」にしたくないからである。とにかく、ここからが最悪であった。魂の抜けたような表情をした推定30代後半のババアが挑発的にオマンチョ様を見せつけてきたり、突然ビンゴ大会が始まったり(店の回数券が当たるらしい)、ゴリゴリのユーロビートに乗せて10人の女たちが無表情でパラパラを踊りだしたり、まさに地獄絵図であった。煉獄である。踊る阿呆に見る阿呆である。現代のええじゃないかとさえ思えた。私は、『もう行きましょう、十分楽しんだでしょう。奥さんに土産でも買っていきましょう』と言い、渋る先輩を引き擦り出した。先輩は、『これでこの夏やりたいことの2つはやれたけど、あと1つが心残りやな』と言った。あと1つは何ですか、と問うたら、先輩は言った。『そりゃお前、「360°巨乳飲み会」やろ。見渡す限りの巨乳、4人掛けの席に8人の巨乳を無理やり座らせて、乾杯するにもトイレへ行こうにも、とにかく何をしようにも巨乳にぶち当たってしまう、それが「360°巨乳飲み会」や。セッティング頼むで!』私はこの夏、30代既婚男性が真顔で語る、この極度の妄想劇に付き合わされるばかりか、幹事役ということになっているらしい。この人が本当におかしくなった時は、私は責任を持って奥さんに説明しようと思う。先輩は極度の妄想性変態でしたと。



オマンチョ様を見に行く前の日は、実家に泊まっていた。母は夏風邪をこじらせていた。鼻声で、時々くしゃみをしながら、親戚の話を始めた。母の母、つまり私の祖母は蒸発しているから、あちらの親戚筋のことは今は分からないだとか、今ではテルコもボケたから昔の話はしてもらえないだとか、そんなことを言っていた。私の父方のルーツは富山の農家の出で、誇るべき系図も何もない。父方の祖母も、滋賀の田舎で生まれ育った。母はとにかく、自分の祖母について語りたがる。『おばあちゃんが嫁入りの時に持ってきた行李があって、家紋が入ったるけど、これ何や』と言う。黒に塗られ、朱色で家紋が描かれた、竹行李のことである。100年も前の行李がまだ家にあること自体が恐ろしい。だいたい今時、行李と聞いてピンとくる人間はどのくらい存在しているのだろうか。その家紋はこれこれだと伝えたら、満足げな顔をして、『ああ、そうかぁ、これがなぁ。』と感慨深げにしていた。とにかく、当家には、いまや十分な動産がなく、不動産も資産価値がほとんどなく、有形の誇るべきものは皆無だ。貧乏人が本当に何もなくなって「貧乏」になってしまったら終わりだ。だからこうして、たまにルーツを確認して、無形のものでプライドを保持している節がある。これはこれで、いいと思った。



いま本当に、私にだけ忙しい夏が来ている。1週間があっと言う間に過ぎていく。生活感が著しくにじみ出てきた。生活に時間と金はあるほどに越したことはないが、時間はそもそも有限だし、金は無から始まり積み重ねて、そして切り崩す性質のものだ。その一連の循環に、いろいろがあるし、そのものこそが生活であると言える。ここ1か月、部屋の掃除や家財の整理などもしてみた。こんな大整理は、人生で初めてのことである。引き出しを開けたら、チョコレートが入っていたとおぼしきカンカンがあった。フタを開けてみたら、プリクラが出てきた。2000年代前半に撮ったものばかりだ。今とそう変わらない顔の私が写っている。典型的な老け顔である。さらに、小さく折られた手紙も出てきた。手紙の内容は、赤面ものであった。今年31歳の女(先輩)がはるか昔に「ほれ薬入りだよ♡」という手紙と何かを私に贈ってきたらしい。怖くて食えたものではない。ほかにもいろいろと出てきた。1枚1枚スキャンして、手紙の主に送りつけてやりたい。これはもはや「出土」と言って良いレベルである。平成28年のゴッドハンド事件だ。業が深すぎて、あまりにも恐ろしいものはすぐゴミ袋に捨てた。あまりにも面白いものはとっておいた。私の性格が悪いのは今に始まったことではないので、みなさんにもご理解を頂けると考える。また、これを読んで、みなさんも一度人生を振り返るという意味の中で、部屋の物品を整理してみたら良いのではないか。きっと心打たれ、また撃たれる、悲喜こもごもの出土品に出会えるだろう。うわついた、あの夏の思い出に、赤面するのもまた、趣があると言える。




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by ahoi1999 | 2016-08-10 03:11 | 生活 | Comments(0)


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