赤い自転車

6歳の誕生日に自転車を買ってもらった。この日突然あらわれて、ケーキでも持ってきたのかと思いきや手ブラ、家族そのものに無関心かつ無頓着なあの祖父が、急に思い立って『自転車買うたろう』と言い出した。祖父は思いつくと即座に行動しなければ気が済まない人だったから、次の瞬間にはもうドアに手がかかっていた。母は『お父ちゃん、それ今?』と呆れた顔で言った。ざるそばの麺を箸で持ち上げてつゆに浸すのも一苦労な人なのに、とにかくせわしないのである。8歳くらいのころ、祖父の思い付きで行程もわからないまま他人に道を尋ねつつ、電車とタクシー(祖父は何でもかんでも「ハイヤー」と言っていた)を乗り継いで舞鶴港まで行って船を見たことがある。そしてその帰り道に『山登ろか』と言い出して、名前も知らない山に登った。さすがに辟易、閉口、脱力である。人目をはばからず、道端に落ちていた木の切れ端を拾い上げ、それを杖代わりにしながら登山していたから、とても恥ずかしかった。衝動を抑えきれずに後先の考えなく行動するのがあの人の特徴だし、ぼくにもそんな「け」が、ややある。



ものの5分で、当時母と住んでいた団地の外れにある、古くからやっているような自転車店に行った。自宅兼店舗の、土間で商売をやっているような店だった。その店先に、ひときわ鮮やかな、赤い自転車があった。今でこそ自転車は気軽に買える値段になったけれども、1990年代初頭は違った。5、6万はしていたと思う。子供心に引いてしまった記憶がある。けれども、6歳のぼくは、遠慮より物欲が勝っていた。『どれにするんや』『これがいい』そう言ったら祖父は、『ほなこれで』と店の人に言った。スラックスのポケットをパンパンにしている2つのガマグチを取り出して、一方からは数枚のお札を、もう一方からは小銭をジャラジャラ言わせて取り出した。手の平でゆっくりと小銭を数えながら、祖父は支払いを終えた(思い付き人間のわりに動作は非常に緩慢で、じじ臭いのである)。



ピカピカの赤い自転車には補助輪が付いていた。ガラガラガラガラ、よくもまあ、うるさい自転車だった。運動には縁遠い人生を送ってきたので、補助輪はなかなか取れなかった。あれは7歳の冬だったと思う。補助輪なしで乗れるようになろうということになった。もう周りの友達はみんな補助輪を卒業して、ぶんぶん走り回っていた。彼らのサウンドは非常にサイレントだった。ぼくはずっと、ガラガラガラガラ。子供心に格好悪いと思っていたから、きっとぼくが練習に付き合ってくれと言ったのだろう。雪の降るなか練習をした。当時住んでいた団地は刑務所の跡で、とても敷地が広くて、とても長い直線があった。そこをぼくは全力で漕ぎ、後ろの荷台を母がこれまた全力で押した。1日みっちり練習したら、ひとりで乗れるようになっていた。やっぱり補助輪は足かせみたいなものだったようで、そこからぼくは自転車を漕いでいろんなところへ行った。中学生のころエロ本を買い求める為に10キロ離れた街までチャリで行ったことがあるのだが、もしも7歳の時点で補助輪とオサラバしていなかったら、こんな酔狂な真似は出来なかったと思うし、思春期の性欲が爆発してどうなっていたか分からない。金玉と共にぼく自身破裂していたのではないか。これは本当、母に感謝である。この10年後には単車に乗って、12年後には車に乗って、それこそ思い付きで出かけたりした。ぼくの中であの赤い自転車は、とてもエポックメイキングなことをもたらすモノだったんだなと今になって思う。補助輪が取れた当時、ぼくは7歳で母は29歳。もうぼくはあの時の母の年齢を越えようとしているわけなんだけど、誰かの荷台を全力で押すようなことはしていない。



人間ひとりを相手にすることはとても根気がいるし、これはみんなよく知っていることだと思う。相手にされる側の気持ちも、十分理解できるだろうと思う。大人になった今でもそう思うんだから、相手をされる側もする側も、つまり受け手も送り手も、考えていることや感じたことは一方通行になりがちだし、お互いの人間的な成熟度なんてあまり関係のないことなのだろう。ようはパーソナリティの問題なのだ。陳腐な言い回しだけど、相性の問題とも言える。一方通行で注がれるまなざしが成立するのは、親子関係くらいなものではないだろうか。フーコーの著作に『牧人はたった一匹の失われた羊をさがすために群を見捨てなくてはならない』という一節があるけれども、ほとんど誰も、牧人になることは出来ない。牧人と羊という関係性に相似なのは学校教育の場だけれども、経験上、先生と生徒の間柄でそんなことがあっただろうか。みんな決して牧人にはなれない。ならぼくは、あの赤い自転車の、補助輪のようなを生き方をしたい。例えば補助輪の取れたチャリンコですーっと現れて、久しぶり、どうしてた?みたいな関係っていいなと思うから。




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by ahoi1999 | 2016-06-22 00:55 | 思い出 | Comments(0)


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