今日の話

『じゃあね、バイバイ。また来週~』と手を振って改札をくぐったものの、必要に迫られないと一人行動しない性分なので、手持ち無沙汰なままこれからどこへ行こうかと思っていた。『とりあえず梅田か。』と心の中で呟きながら、何の目的もなく梅田に降り立った。とりあえず梅田。全くもって田舎者の発想である。琵琶湖-「近畿の水がめ」とかいう仰々しいサブネームの付いた、しかしながら世界的にも古い歴史を持つ湖の、その恩恵に預からんとして湖の周囲にへばりつくように住み着いた土民一族特有の、「ここに魚がおるから住めばいいじゃないか」的なその思慮の浅はかさと視野の狭さを発揮しながら、アーペーセーとかリミフゥとかそういうブランドが入ったファッションビルへと歩を進めた。なんのことはない、冷やかしである。いや、むしろ、その後の経過を考えれば「冷やかされた」のかもしれない。



ぼくは1階のエントランスに入るや否や圧倒的な場違い感を覚えた。どこもかしこもチェスターコートを着た男女で溢れていて、ある者はつばのバカでかい黒の帽子を被り、またある者は白のニットにスキニーデニム、ご丁寧にも6:4分けされた前髪の男は坂本龍一と見紛うような小さく丸いメガネをかけ、クラッチバッグを手に、またある者はリュックを背負い、まるで自慢の我が家に客を招いたかのような態度でぼくに視線を送るのである。ぼくはウッとなる。ここはアーバンシティおしゃクソ野郎のちょうど良い穴ぐらであったのだ。入ってしまったが最後、「どうぞどうぞ、歓迎します。まあ、ココにあるものをあなたが着られるものなら…ですけどね」という視線で刺し殺されてしまう。ぼくは長年YMOを聴いてきたが、ようやくpublic pressureの意味を理解した。ここにいてはいけないのである。即座にエスカレーターを駆け下り、地下二階から梅田迷宮へと生還を果たした。もう二度とあそこには行かない。行くとしたら、彼らと兄弟盃を交わして代紋を背負うしかないのである。チェスターコートに白ニットというモンモンを。



気が付けば丸善ジュンク堂梅田店まで歩いていた。店内に入ると、本棚にへばり付いている少し頭のおかしい少年とその保護者や、陳列されたBL本の前を占拠するいわゆる腐女子と呼ばれる人達の会話、とにかく地味だけど異常性欲にまみれていそうなオタク然としたカップルがいて、自分が「社会」だと捉えている範囲は本当に狭いものなのだなと実感する。闇金ウシジマくん35巻を手にとって、レジに並んだ。長蛇の列である。ぼくの後ろに並んだ、身長だけバカでかい頭も股もゆるそうな女2人が『エ~~ッ!ヤバないこの列ゥ~~ほんまやる気なくすゥ』と言っていて、目の前に陳列されている四季報を手に取り『貴様は頭も股もたるんどるぞ!!!!オオ!!?』と言いながらカドで打ちつける妄想をしつつ溜飲を下げ、会計をした。書店員はぼくに念押しする。『35巻で間違いございませんか?』 ― ございませんのである。36巻はコンビニで買ったのでございます。ぼくは36巻を先に買ってしまい、35巻を買うことを失念していた哀れな小男なのである。35巻を読まねば36巻を読めないのは道理である。いや、あるいは、読めるんだけど35巻を読んでからにしたほうがいいんじゃないかとぼくのゴーストがささやく。ゴーストには従ったほうがいい。そんなことをぼんやり考えているうち、『ハイ』を連呼してしまい必要のないブックカバーまでお願いしてしまっていた。ぼくは基本的に自分の脳の構造がおかしいのではないかと思う。



その後、2本のちんこを交互に挿入して寂しさを紛らわせていたヨシエ(32)としょうもない喫茶店でお茶を飲んだ。突然ヨシエのちんこ達の行方が気になって仕方なくなり、居ても立ってもいられなくなったのである。阪急電車に揺られ、わざわざ大阪から京都までちんこの話を聞きに来る男はぼく以外にはいないだろう。『あれな、もう連絡先消したんよ。』開口一番それである。何故なのか。『なんかもう、色々嫌になったっていうか、悩むのもアホらしなって。それで。』ぼくは、『あっ、そ~~~う!』と、非常に長い返事をした。意外だったからである。『まあ、23の男と昨日オールしてたんやけどな。』 『なんじゃそれ。』 『イヤイヤなんもないなんもない。なんも「して」ない』 『ほ~~ん、でも迫られたらなし崩しハメやんか。いっつもいっつも、ヨシエはよ。』 『アハハ、気がなかったら遊ばんよね、まあ。でも9個下は…』 『それ男のほうラッキースケベ狙いやろ。後腐れないやつ。』 『ウン。』 『歳、考えましょうね、ヨシエさん。』 『ウン。』 『とりあえず今月のリンネルに載ってるおっぱい体操したら?(乳を寄せたり上げたりする動作)』 『ウン(笑)』 行きも帰りも、電車に座れたのがよかった。



最近よく感じるのだけど、「自分で決めたことは自分以外の人に決められたことにもなり得る」ということを頑なに認めたくない人が一定数いて、そういう人達はとにかく選んだ理由を欲しがる。何故自分はそうしたのか、どれだけ主体的にそれを選び取ったのか、そのもっともらしい理由を欲しがる。我思う、ゆえに我あり。自分の持つ力の再確認。決して他人から与えられたものではなく、自分が手に入れたものだ。そう言うけれども、選択の理由をロジカルに言えることは少ないし、そもそもそこに選択肢があったのかどうかも疑わしい。自分は間違っていなかったと言う確証なんて死ぬまで分からないものだ。自分という生き物は他人との関係性の中で生きているのだから、その作用は免れない。自分を信じるということは他人を信じるということだ。あるいは、環境や社会を信じると言うことだ。大きな有機体の中でつながる一つの節が自分なのであって、それは相互に作用し合うのだから、むしろそのことを誇ればいいのではないかと思う。それが無理なら、隔絶した土地でたったひとりで生きてから「何でも自分で決めてきた」と言えばいい。あ、いやいや、もしそんなことがあるのなら、その言葉すら誰にも届かずに消えてしまうのだ。自分を担保する方法は誰しも持つべきだと思うけど、「何でも自分で決めてきた」と言う人たちは一個人があまりにも無力だということを認めるべきだし、自分と同じくらい身近な他人を信じて欲しいなと思った。




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by ahoi1999 | 2016-03-14 01:24 | 生活 | Comments(0)


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