お肉さん

中学のころ、「お肉」というあだ名の先輩がいた。見てくれは完全にブッチャーだったし、体型的にも肉そのものだった。牛刀を持たせたとしたら、それは完全に肉屋のステレオタイプ。ブヨブヨの体と鋭い眼つき。短く刈り込んだ髪がインテリヤクザを髣髴とさせる。ただし鋭い目つきは生来のものではなく、まぶたに付いた肉が垂れ下がったために出来た、彼の怠惰な生活の結果によるものである。出会ったのは水泳部に仮入部したときのことだった。胸躍る春。一番上までボタンを止めた詰襟姿のぼくは、小4までスイミングスクールに通っていたという、今考えればあまりに心細い経験に裏打ちされた自信で水泳部の門を叩いた。そこにはペニスによく似た名前の部長と、ゲイでありペドフィリアの性的嗜好を持つタナシュンというあだ名の2人の三年生がいた。タナシュンは在籍する水泳部員男子のケツをまじまじと見つめて、それから気が済むまで泳いでいつの間にか勝手に帰るような人だった。テンパでメガネの、何を考えてるのか分からないゲイ。ぼくも視姦されたに違いないと思っている。ペニス似の部長とは10年後に奇跡の再会を果たすのだが、それはまた別の話である。

お肉先輩は二年生だった。全部で5人いる二年生の中でもひときわ異彩を放っていた。全部員がこの人のことを「おいお肉!」と呼んでいる。「お肉」である。意味が分からない。およそ人間のあだ名として付くものではないことだけは確かだ。しかもここの人たちばかりでなく、全校生徒みんなが彼のことを「お肉」と呼んでいた。こうなれば目の前のブッチャーは「お肉」である。お肉としてこの地に生まれ、育ったのではないかと錯覚してくる。おそるおそる「あの、お肉さん」と呼んでみると、「ん?」と返事が来た。ああ、やっぱりこの人はお肉なんだ。しかもぼくは後輩であるがために「お肉さん」と呼ばなければならない。今思い返せばシュールすぎるのだが、当時は当たり前に受け入れていた。だって彼はお肉なのだから。

お肉先輩は筋金入りのゲーマーだった。その延長で、アニメ・パラッパラッパーが放映される金曜日は必ず部活を休んだ。FF9の発売日にも学校を休んだ。もともと部活に顔を出さなかったし、さらに泳ぎも遅く、お肉先輩が大会にも出た場面を見たことはなかった。部室でぐずぐずしている時などはたまにゲームを熱く語りだし、今のセガに足らないのは感動だ、などと言い出して止まらなかったことを覚えている。普段とても無口なのだが、急にモゴモゴ言い出してフヘヘヘッ!っと笑う、奇妙な人。ぼくたちが回し読みしているエロ本を物欲しそうに見ていたのをハッキリ覚えている。巨体のわりに、粗末を極めたドリチンだったことも含めて。

翌年の春を迎え、いつものように部室へ向かうと何やら先輩たちがざわついていた。「お肉、最後なんやし大会出ようぜ!」「お、おう。」こんなやり取りの後、お肉先輩はやる気に燃え出した。まず、部室で菓子を食べることをやめ、柔軟体操をやる。すぐにへばってしまうが、練習をしていなかったから当たり前なのだ。抹茶色のスポーティな海パンに食い込んだ肉がとても柔らかそうだった。本腰を入れて泳ぎだすのだが、なかなか前に進まない。昔読んだ架空戦記に「氷山空母」なるものがあったのだが、実用化されていたらあんな風に航海をしていたのだろうなと思う。とにかく、お肉最後の大会に懸ける意気込みだけはひしひしと伝わるのだった。

大会の日。メシを食べて泳ぐと戻しそうになるので皆あまり食べないものなのだが、お肉先輩はいつも通り握り飯を食べていた。400メートル自由形。召集がかかって、受付を済ませるお肉先輩は凛々しかった。そして、あまりの巨体ぶりに他校の生徒は噴き出していた。この種目を選んだのは、皆あまりエントリーしたがらないしんどい種目であることを逆手にとって、入賞を狙おうという意図があったから。誰もがお肉先輩に有終の美を飾って欲しかった。しかし、お肉先輩の体力が持つか分からない。そんなあやういバランスでの出場だった。水泳競技では、いちばん速い選手が真ん中のコースを泳ぐ決まりになっている。その両隣にまあまあ速い人が泳ぐ。そうすると、上から見たときに綺麗な三角形になる。お肉先輩は第一コース。つまりいちばん遅いのである。そして、いちばん観客席に近い。もちろん我々水泳部員はお肉先輩最初で最後の大会を応援するため、プールサイドに陣取った。

ヨーイ、パーン。お肉先輩の飛び込みは、腹を打ちつけるスタイルだ。へたくそなのである。大きな水しぶきに失笑が漏れる。まだ50メートルも泳いでいないのに、苦悶の表情が水面から出たり入ったりする。風呂に入ったとき、水面に半分ぐらい顔を出して、梅を吸いすぎたような顔で「アッパッパ!アッパッパ!」と言ってみて欲しい。あんな感じだ。お肉さんはもうやけくそになっている。ゴーグルが片方外れているのだ。どんどん引き離されて、ドンケツのビリである。最後のターン。1位でゴールした人はもうプールから上がってベンチに帰っている。「お肉ー!ラストォー!」「お肉さん!お肉さぁーん!」「お肉頑張れッ!」。他校の生徒たちは、その異様な光景にドン引きである。真剣に応援しているつもりなのだが、いかんせん、お肉さんなのだ。プールサイドで「お肉」と連呼する集団と、プールで泳ぐお肉のような男。地獄である。お肉先輩の最初で最後の大会は、ドンケツのビリだった。ゴールしたあとプールから自力で上がるのに5分かかった。曙を髣髴とさせるスタイルで、ごろりとプールサイドに打ち上げられたお肉さんは、やりきった表情で一杯だった。帰りにチョコミントのアイスを自販機で買い、おいしそうに食べていたことを思い出す。

この前、中学時代の友人からお肉先輩を目撃したという話を聞いた。コンビニでジャンプを立ち読みしていたお肉先輩は、ガリガリだったそうだ。卒業以来まったく関わりなく噂も聞かなかったのだが、コンピューター系の専門学校に行っていたらしい。「ガリガリなったらお肉ちゃうやん!」「せやろ。」友人との会話はそれで終わった。人間のアイデンティティとは一体何なのだろう。たいしたオチもないのだが、お肉さんがお肉だったころを書いておきたかった。お肉先輩はいま、思い出の中だけで生きている。



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by ahoi1999 | 2014-07-08 01:33 | 思い出 | Comments(0)


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