おかしな祖父

祖父は風変わりな人だった。重度の痔持ちであり、一度トイレにこもると二時間は出てこない。一回の大便で週刊誌を一冊読んでしまう猛者も祖父を差し置いて他には居るまい。オフィシャル的には痔と呼ばれていたものが実は脱肛だったと発覚したのは、大腸ガンが発覚して入院した時のことであった。不謹慎ながら、母もぼくも肩をうち震わせていた。たまらず母は「アッ、アンタなあ。看護婦さん言うてはったやんかぁさっき…フフッ!ハハッ!おとうちゃんなぁ~脱肛なんやて!アッ!ハハハハッ!ヒーッ!」と得意の引き笑いを交えつつ爆笑していた。母には、ぼくもちょっと脱肛気味であるらしいことを、その場を借りして申し伝えておいた。もう5年も前のことである。

祖父には何か一つお気に入りを見つけると、執着してしまう癖があった。だいたいの場合は、食べ物なのだが、たまに食べたうなぎがおいしければ、半年はそればかり食べている。もう潰れてしまったパピヨンという名のパン屋で買ったメロンパンがおいしければ、これも半年続けて食べていた。体調を崩す直前には、天ぷらばかり食べていた。おかげで、高齢者の一人暮らしであるというのに、毎月20万程度の出費。内訳のほとんどは食事代である。

奇妙な行動にも定評があった。うなぎばかり食べていた頃、家のまわりには野良猫がよく出没していたのだが、祖父はうなぎの皮だけを綺麗に残して野良猫に与えていた。猫もたまったものではなかっただろうが、野良なのだから致し方ないのだろう。毎日うなぎの皮だけを食べに来ていた。しかし、どうやればあんなに綺麗に皮だけ残せるのだろう。こんなこともあった。「わしはな、綺麗な小銭だけで支払いたいんや」と言い出して、ありとあらゆる小銭をピカピカなものとそうでないものとに選別して、得体の知れない缶にそれぞれ分けて入れていた。当然ながら、ピカピカの小銭などそうそうあるわけではなく、汚い小銭ばかりたまっていく。このことに関してはいっこう意に介していない様子で、何故か玄関に置いてあった事務机の引き出しへとどんどん放り込んでいた。お札はまるで折り紙かのように3~4回折り畳んで財布に入れていたので、ますます意図が不明である。ピン札はくしゃくしゃにするのに、小銭には異常なこだわりを見せた。

愛想の良い人だったが、友人と呼べる人は一人も居なかった。例えば、ざるそばを上手に食べられず、箸で持ち上げたそばを空中でブラブラさせていつまでたってもそばつゆに浸せない。飲み物は必ずこぼす。万事そういう人だったから、とてもジジ臭く、ドン臭いのが嫌われたのかもしれない。車の事故だって何度やったか分からない。30年以上前、ハイエースで自宅に突入したことだってあったと母から聞いた。自己中心的で絶望的に間の悪い発言をすることも多く、親族含め周囲は辟易していた。祖父がよく寝言で自分の姉とケンカしていたのをよく覚えている。「テルコォォォ~!2階から放り投げてやるぞォ~」。まったく物騒な寝言である。夢の中で投擲されたテルコも御年88歳。いい迷惑である。祖父は若い頃教師を目指していたが挫折し、曽祖父の勧めで書店をやっていたのだが万年赤字経営でうまくいかず、最終的には工場勤務に職を落ち着けたのだが、これが性に合っていたのかもしれない。母は最後まで実の父である祖父を憎んでいたようだが、おかしな父に振り回された娘としては、当然の感情だと思う。

しかし、ぼくにとっては良い祖父だった。おかしな祖父がぼくの標準値だったから、多少のことは驚かなかったしこういう人だと思っていれば何の支障もない。孫への優しさというワンクッションもあったと思うが。世間一般の孫に漏れず、よくゲームを買い与えてもらったが、何より本だけは惜しげもなく人並みの孫より読ませてくれた。今でこそマンガをよく読むが、ぼくが小さい頃に読んだ記憶はほとんどない。小説ではなく自叙伝を。図鑑より百科事典を。祖父の教育方針なのかどうかは分からないが、とにかくそういうものをよく買い与えてくれた。ぼくにとっては、祖父がいちばんの生き字引であったことは言うまでもないのだけれど。

ギャンブルはやらず、女もまるっきりダメ、酒すら飲めないのに生活の才なく祖父の家計は常に火の車。その父である曽祖父が残した京町家づくりの家だけが唯一財産と呼べるものだった。敷地の半分を占める庭にはヒイラギやマキがあり、ツツジとキンモクセイが季節になると花を咲かせた。防空壕跡には投擲テルコが進駐軍にもらったというバラが植えてある。岩めいたものと灯篭。代々商売をしていた関係でこんもりした小山の上にお稲荷さんがあったりもした。この小山にはかつて飼っていた犬のジョンが眠っているという。ジョンも進駐軍からもらったらしい。お稲荷さんとの関係は大丈夫なのだろうかと子供ながら心配になった。夏になると手水鉢にはボウフラがわくので、祖父の家に行くたびにたまった水をひしゃくですくうのがぼくの役目だった。祖父の機嫌がノッてる時は、曽祖父の遺品である蓄音機でフランクシナトラを聴かせてもらったりした。

ぼくは今年、正月早々大事故を起こした。仕事帰り、秋田の高速道路。当時の気温はマイナス4℃で大雪だった。突然前が見えなくなって、運転していた営業車がスリップ。トラックと正面衝突して、弾き飛ばされた反動でまたトラックと衝突。結局4台が絡んで高速を止めてしまった。車は大破してベコベコになったけど、痛くもなんともないし翌朝病院に行っても診断書すらもらえなかった。迷信はバカにするほうだけれども、今回ばかりは祖父が守ってくれたんじゃないかと思っている。事実、奇怪でどうしようもない人だったけど、ぼくにはやっぱり、良いおじいちゃんだった。




[PR]
by ahoi1999 | 2014-06-04 00:25 | 家族 | Comments(0)


内務省御検定済


by ahoi1999

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
家族
通勤
生活
思い出
妄想劇
未分類

以前の記事

2018年 04月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 08月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 01月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月

お気に入りブログ

最新のコメント

手汗がひどいので手の甲だ..
by ahoi1999 at 17:59
たしかに。語感大事です。..
by ゆ at 19:35
その通りです。ご名答です..
by ahoi1999 at 15:22
あほいさんの由来はクラム..
by ゆ at 19:49
それはどうも、ありがとう..
by ahoi1999 at 02:27
あなたにあこがれてブログ..
by ゆ at 00:25
なるほど? 読み物とし..
by よ at 10:08
ありがとうございます。社..
by ahoi1999 at 21:17
なんかもう、なんかすてき..
by よ at 23:00

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

息子とテルコ
at 2018-04-11 01:12
思い出をしがむということ(C..
at 2018-01-24 01:13
2017年の音楽(に、まつわ..
at 2018-01-05 00:47
年の瀬のこと
at 2017-12-27 01:30
今年の夏のこと
at 2017-08-05 04:03

外部リンク

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
家族生活

画像一覧