息子とテルコ

母が息子に買ってくれたおもちゃがある。
押すと音が出る大小さまざまなボタンや球が飛び出したりするギミックを備えた、なんともやかましいおもちゃである。
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息子も気に入っているようで、アーアーウーエィッ!!と喃語を唱えながら所々を触りまくっている。
彼なりに楽しんでいるようだ。


ところで、側面にはこんなボタンがある。


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青い星型の「メロディ」と書かれたボタンを押すと、童謡が1コーラス流れる仕組みだ。オレンジ色の「せんきょく」で曲を変えられる。正確には分からないが、5曲くらいは音源が内蔵されているようだ。このおもちゃが到着して2か月余り、息子もこの機能に習熟してきたらしく、頻繁に押してはヘラヘラとひとりで笑っていることが増えた。



当家には家庭内知能序列というものがある。厳然たる事実により、その序列は決まる。現時点での家庭内知能序列1位は国公立大卒の嫁、2位が三流私大卒のぼく、3位うさ太郎(メス・2歳)、4位が息子、5位はうさお(オス・1歳)である。また、うさぎの名付けは嫁によるもので、ぼくはただ嫁がうさぎを呼びかける声で「そうなのか」と気付くだけである。



最近、その家庭内知能序列4位の息子も知恵がついてきたようで、例の「メロディ」ボタンを押してはぼくに童謡を歌うよう強要してくる。歌わなければぼくの顔を無表情でじっと見つめてくる。関心がない風にしていると、またボタンを押し、無表情で見つめてくる。鳴り終わるとまたさらにこれを繰り返す。「大きな栗の木の下で」の、電話の保留音のような人工的な音源がリビングに響きわたるのである。繰り返されるその空間、空気、視線にぼくはさすがにたまりかねる。その瞬間、歌うしかないと感じ、『おおきなくりのぉ~きのしたでぇ』と始めたらそこでもうおしまいである。先ほどとは打って変わって息子はニタニタと笑い、人差し指で「メロディ」を押す。ぼくはあの無表情と保留音が織りなす独特の「間」が再び訪れるのが嫌で、『おおきなくりのぉ~きのしたでぇ』と歌う。それを見てまたニタニタと笑う息子。人差し指は既に「メロディ」ボタンを押せる位置に置かれている。先週ぼくはこのループを15回やらされた。声もかれ果てる。嫁は『私は手拍子。』と言っていた。



日曜日に、息子を連れてテルコのところへ行ってきた。昔このブログにも書いたあのテルコだ。風変わりだった亡き祖父の姉であり、ぼくの大伯母。今年で92歳になる。数週間前に発熱とも言えないような発熱が続いて入院し、しかし検査しても異常はなく、数日経ってごはんが食べられなくなり、今は点滴だけで生きながらえている。医者は老衰だと言う。胃ろうは本人が拒否したそうだ。総合病院の個室。ひとめ見て、この人は死んでしまうなと思った。母方の身内からは3人見送ったが、死んでいく顔/死んだ顔は皆一様に同じだった。だいたいが曽祖母か曽祖父の晩年の顔に似てくる。一族みんなそうだ。テルコは、曽祖父の晩年に似すぎている。そういう死んでいく顔をしていたから、思わずいったん退出して、気持ちを整理してからまた病室に入った。



声を掛けると、『ああ』と返事があった。いろいろと問いかけるが、『ああ』としか返事がなかった。というより、それしか出来ないようだった。耳はしっかり聴こえているし、ぼくがやってきたことも理解も出来ている。体だけが追い付いていないようだった。息子は人見知りをして泣いた。泣いているが、抱きかかえてテルコの枕元に下ろした。すると、ぐったりしていたテルコが手を伸ばして息子の体を触って『ああ』と言った。いろいろなところを触って、触るたびに『ああ』と言った。今生の別れになることが分かっていたのかもしれない。なるべくテルコが手を伸ばせる位置で息子をあやしながら、ぼくはいろいろな話をしたが、内容はあまり覚えていない。返事が『ああ』しかないから、一方的に話すだけだったし、ぼくはぼくで何でもいいから話しておきたかっただけなのかもしれない。



面会終了時間が来て、『また来るから』と言って握手をした。テルコはとにかくアメリカナイズされているから、その後にハイタッチを求めてきたので応じた。そんな体力がどこにあるのかは全く分からなかったが、とにかくテルコらしさはあった。親しい身内が死んでしまうのは(まだ死んでいないけど)、悲しいことだ。ぼくは親戚付き合いが熱心ではないし、まあ年に1度くらいは会っとくか、会えなかったらまた来年でいいか、程度でしか親以外の身内と関係しない方だけど、それでもやっぱり悲しい。人は生まれて死ぬ。テルコは死んでしまうけど(まだ死んでないけど)、息子は何事もなければ生きていく。あの病室では、なんというか生と死が交錯していて、また死も生を完全に諦めてはいなくて、ぼくはその中間で、感情がぐちゃぐちゃになる光景があった。息子をバギーに乗せ、エレベーターを降り、病院の休日出入口から外に出ると涙が出てきた。駅に向かう途中、あんまり涙が出てくるので、訳が分からないのも分かった上で『もうおばちゃん死んでしまうんやで』と息子に言ったら、息子は声を上げてびっくりするくらいゲラゲラ笑った。ありあまる生は、死の前ではあまりにも不謹慎だ。そんなことを思って、ぼくは泣きながら笑った。




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# by ahoi1999 | 2018-04-11 01:12 | 家族 | Comments(0)

思い出をしがむということ(C7の話)



もう10何年も前、17歳の頃、先輩の彼女の家がたまり場みたいになっていた。平日の夜中、単車に乗って行って、2人並んで先輩と。その彼女の家に。どこまで続いているのか分からない急な坂を上がって、左に見える白い二階建て。で、なんでもない、朝までしゃべって解散するだけなんだけど、その間ずっと先輩の彼女が好きだったGOGOが流れていた。特に魚磔の2曲目、C7が好きだった。


その先輩の彼女はぼくと同い年で、名字をもじってマッキーって呼んでいた。マッキーの家に行くと、必ずと言っていいほどカナエちゃんって言う友達がいた。2人とも県下有数のあほが集まる定時制高校に通っていて、いつ会っても制服姿だった。金髪にえぐいミニスカ。4人で色んな話をした。思い出せないくらい下らない話。あれはいい、これもいい、それはいやだ。そんなことしか話してなかったんだと思う。カナエちゃん、ガソリンスタンドでバイトしてて、たまにガソリン入れてもらったなあ。かわいいひとだった。今思えば、ちょっと好きだったのかもしれない。


マッキーと先輩はいつの間にか別れてしまって、それからあまり会わなくなった。ぼくも大学受験とバイトで本当に忙しくなって、昔のように平日の深夜に訪ねるというようなことはしなくなった。マッキーはその後地元のヤンキーと結婚して息子が生まれて速攻離婚して、いまは保険の営業をやっている(と思う)。そのヤンキーはぼくの中学の友達で、ものの見事な底辺って感じだった。いい奴だけど、父親になるには早かったんだと思う。カナエちゃんは分かんないけど美人だったから、なんとかなってるだろうし、そうであって欲しい。びっくりするくらい頭が悪かったから、余計なお世話だけど、ちょっと気になる。


その先輩もぼくが知らない人と結婚したし、マッキーは子連れ狼だし、カナエちゃんは消息不明だし、ぼくは大阪でマーケターとかいう仕事をしていて、そりゃあれから10年以上経つんだからみんな色々ある。だけど、C7を聴くと、あの時のことがグッと思い出されて、いいな~~って思う。むしろ、思い出そうとする。10代だったからか何の恥じらいも無かったけど、どうかこの夜が朝にならないでってところ、本当に思っていた節がある。


部屋の整理してたらマッキーとカナエちゃんの写ったプリクラが出てきてワッとなった。未来のことなんて微塵も考えてない、この時期特有のあっけらかんとした良い表情をしている。2003年くらいはみんなこんな顔をしていた。もちろんぼくも。

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# by ahoi1999 | 2018-01-24 01:13 | 思い出 | Comments(0)

2017年の音楽(に、まつわるエピソード)

Boredoms - Super you


2017年まで、Boredomsで新生児が泣き止むことのありがたみを知らなかった。難解な音楽を背伸びして聴いていた頃の自分に言いたい、お前はえらい。スーパールーツ、揃えておいてよかった。初夏くらいまでは一晩中眠れなかった記憶しかない。太陽が昇ってからずっと乳を吸われ続け、おむつを替え、洗濯をした嫁は、日没後、死体の如く動かない。帰宅した夫しかやる人間はいない。深夜、泣く子、不動の嫁、うさぎがイラ立ちエサ箱を蹴り倒す中、ミルクを作っておむつを替える。セックスはイージーだけど、出口戦略は必要なんじゃないですか。滝行するとか、写経とか、そういうある種の精神鍛錬ですけども。





Haywoode - I can't let you go ''Tigh & Mighty Mix''


わが子は2,000gくらいで、割と小さく生まれて来た。嫁的には『出産助かったわ~~』ということなんだけど、ぼくは内心正気ではいられなくて、絶対吐き戻すだろうなと思っても欲しがるだけミルクはあげた。新生児は呼吸が不安定だということを頭で分かってはいても、ちょっと息が詰まったように聞こえて、体も小さいし死んじゃうんじゃないかと気になって眠れやしない。だいいち、ちんちくりんの小男であるぼくは体が小さいとろくでもないことをよく知っている。だから、大きく育って欲しかった。1か月、2か月、3か月と猛烈にミルクを飲みまくっていた。あっと言う間に標準体重まで大きくなった。ぐにゃぐにゃと動こうとする様を見て安心した。暑くなってくると、授乳の頻度も落ちてきて、今度は起きてる間ずっとあやしていないと泣き叫んで大変になってきた。ひとりで動けないことに対してフラストレーションが相当溜まるらしい。まともに相手をしてずっとあやしていたのだけれど、途中から本当に頭がおかしゅうなるわと思い、夏の間はこの曲に乗せて抱き上げ、クーラーを利かせたリビングで踊り狂ってました。





Phum Viphurit - Long Gone


タイ音楽がすごいぞ!みたいな記事を読んでいて本当かよ~と思ったら本当だった。まとまった連休があるとすぐタイまで女を買いに行く友人に聴かせると、『ほ~~ん』と言っていた。性と音楽は、ぼくの中では近いものがあるんだけど、彼はそうでもないらしい。その時聴いてた音楽をあとになって聴いたりすると鮮明にそのシーンが甦ったりすること、無いのだろうか。小学校からの長い付き合いだが、こんなに南国の性に忠実な男もなかなかいないと感じる。一本気で、ぼくは好きだけど。




Chai - Gyaran-Boo


コツコツためた小遣いで吟味に吟味を重ねてCDを買うという一連の行為。そんなことを30歳を過ぎたおっさんがやっている。まことに滑稽極まりない。気持ちは中学生のままだと思うことは度々あったが、まさか本当に中学生のようなことをやるとは思わなかった。家庭のあるサラリーマン。お財布事情は高校生未満である。だから、とにかく無料で楽しめるyoutubeはすごい。すごすぎる。youtubeは小学生とおっさんのためにあるし、おっさんと小学生がyoutuberに憧れるのも頷ける。そんなことで、ぼくは最新の音楽情報をyoutubeに頼るほかなかった。そして、Chaiを知る。80'sニューウェーブとゼロ年代リバイバルの合いの子であり、技量は若手にして過分。ビジュアルは派手。背後で押しまくっているプロモーター連中のきな臭さはあるものの、久々に前に出てきてよかったなと思うバンドだった。これは聴いた方がいい。良かったので。





Junie Morrison - Super Spirit


とにかくそういうことだから、昔買ったCDばかり聴いている。中でも、アルバムの7曲目に入っているような曲ばかり聴いている。飴のついていた棒をしがむような感覚がとにかく良い。この感覚はそのまま人生じゃないかとも思う。飴はすっかり無くなってしまって、棒がモロモロになってきてもなおしがみ続ける。飴ではなくてもう全く別の食べ物が横にあるのに、なんとなく捨てるのが惜しい感じになる。貧乏性だからかも知れない。結婚したからと言って、家庭があるからと言って、あんまりすぐに別の果実にかぶりつけるほど図太い精神ではないからかも知れない。昔よく聞いた音楽は多分これからもずっと聴き続けるんだろう。





BUDDHA BRAND - 人間発電所


夏の終わりに嫁はスチャダラパーのサマージャムをよく聴いていたけれど、ぼくはブッダブランドだった。本当は54-71が聴きたかった。「Emolition Man」という曲を聴いていた時に、『そのアタマおかしい音楽やめてくれへん?』と言われて、部屋で流すのをやめた。確か土曜に部屋の掃除を終えてくつろいでいた時だった。うさぎがよく反応する。すぐに秋が来てしまって、風邪を引いた。モノホンプレーヤーとは何なのだろうか。





YeYe - うんざりですよ


『決して手に入らないものばかり求めて、それについて考えて、言葉を重ねて、どうなったんですか。もしかすると結果なんてどうでもよくって、はなからその過程自体を苦悩のうちに楽しんでいるだけなんじゃないですか。だとすれば、それはほんとうに悲しいことですね。あなたが普通の生活というものへの憧れを捨てきれていないのであれば、流れに任せて何かをしたり決めたりする年齢ではとうにないのだから、少なくとも今まさに起こそうとしているその行動にちゃんと意味を持たせて下さい。』




The xx - On Hold


生活に消耗しているわけではないけど、なんとなくスペシャルなエピソードを思い出したり、少し前まで大切にしていたこととかが気持ちの前の方に出て来ていない気がして、何年かに一度色々あってこんな年始を迎えたことがあったっけなって思う。なんにも変わってないし忘れてもいないんだけど、前の方に出てきていた気持ちがどっかに引っ込んじゃってる感じがなんとなくかなしい。今まで全肯定して来たはずの自分の内面の変化に気付いた瞬間って、イヤ〜〜な感じになりませんか。歳を取るのはどうも不得意で、これは経験を重ねるという意味で。ともあれ、ぼくは、むかし出会ったいい女の思い出を息するみたいに話しはしないし、いい女の話は他人にしないので。





台風クラブ - ついのすみか


大阪に暮らして丸3年が経った。仙台で暮らしていた2011年からの3年間が、そんなことあったっけ、というような感覚でいる。その前は東京に居た。本当にいろんなことがあった。このブログに書いてきたいろいろ以上のいろいろがあって、今がある。セールスではなくて、マーケターというのをやりなさいということで、大阪に来た。ぼくは転勤族だから、大阪もすぐ離れることになるんだろうなと思っていた。ところがなかなかこれが、転勤するような感じが全くしない。去年の今頃に、ひとりの女性と出会って、洗濯機に放り込まれた服みたいに右へ左へ転がっているうちに、結婚もした。ファミリーマンションなんてのはわりかし広くて、ワンルーム暮らしに慣れたぼくには落ち着かなかったけど、今じゃ狭いくらいだ。むかしは毎日毎日あれだこれだと言っていたわけだけど、よくよく思い出し考えてみるとなんてことはない日常が続いているだけだった。クソつまらんどうでもいい日常をアップし続けるのはフェイスブックくらいでいいと思う。だいたい自らの日常をSNS経由で全世界に向けて開陳することは、ほぼ公開排便に近いし、そうなればフェイスブックは単に便器だ。ここまで言っているけどこれは酷評じゃない。それはそれでいい。ぼくが言いたいのは、その便座は温かいほうがいいってことだ。うんこは出てしまうものだから、なるべく家の快適なトイレでしたいでしょうという、穏健な提案なんです。今ぼくは起きた出来事そのものの面白さよりも、これからどういうことが始まって、それが続いて、終わりがあるのかないのか、みたいなことを楽しみにしている。人生の1/3をとうに過ぎる年齢まで来たからなのか、はたまた家庭での役割があるからなのか、理由は分からないのだけれど。この家にはあと5年もいないと思う。このブログはたぶん続く。けっこう温まっているので。

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# by ahoi1999 | 2018-01-05 00:47 | 思い出 | Comments(0)

年の瀬のこと

ZAZEN BOYSのライブに行ってきた。ものすごく良かった。何年か前に京都で見た時よりも数段良かった。吉田一郎も素晴らしかった。細かいことを言えば「asobi」という曲の最中に向井がシンセサイザー(彼いわく『シンセサウンザー』)で遊び過ぎてリズムを見失ってから立て直すまでが心配になったくらいで、とにかくものすごく良かった。10年前に心斎橋クラブクアトロで見たZAZEN BOYSのライブを、10年後のいま梅田クラブクアトロで同じように見ている。けれどもそれは同じようでいて全然違うもので、あの体験とこの体験との間に費やされた時間の長さがはっきりと自覚できた。12/23からZAZEN BOYSの吉田一郎はもういないし、日向秀和に至っては所属していたことを知らない人が存在しても不思議はないと思う。いつかのライブ音源に入っていた向井秀徳のMC『バーカウンターはあちらにございます』の心斎橋クラブクラトロも梅田に移転するくらいの、そういう時間が経ってしまった。長い。長すぎる。10年も吉田一郎のベースを聴き続けている間に、ぼくは大学を卒業し、社会人になり、結婚して、子供を儲けた。10年はそれくらい長い。



恥ずかしながらクリスマスイブが誕生日だ。「え、その顔で何言ってるんですか」みたいなことを言われて20年は経っている。そのたびに深く傷ついている。誕生日を聞いて答えて今まで笑わなかった人はいない。ニガーにほど近い地黒の肌とちんちくりんの背、異常に発達した胸毛と昭和感の強いアゴ。クリスマスイブが誕生日なんてのは本当に勘弁してほしい。滑稽にもほどがある。ぼくがもしバック・トゥ・ザ・フューチャーの主役だったら、デロリアンで30数年前の日本・その片田舎たる滋賀県に降り立ち、県下一偏差値の低い商業高校でパンチパーマと聖子ちゃんカットの日産グロリアを乗り回している男女・すなわち両親に対して『恥ずかしい日に向けて受精すんな!』と言いたい。とここまで書いたはいいが、思い出した。12/24にかこつけて射精してきたぼくはどうなのか。自問自答すべきなんじゃないか。過去5年間を考えてみても、2017年やってません2016年やりました2015年やってません2014年やりました2013年やりました、で、2やってません3やりましたとなる。2015年はいろいろあったし、2017年は強度のストレスによる胃痛で一日寝込んでしまった結果、セックスを未遂する不始末で仕切り直しとなった。あとは大体しとる。ぼくはセックスしとった。12/24着の受精を批判するのであれば、12/24発の受精は批判を免れないのではないか。むしろ12/24発の受精行為の方が、悪質ではないか。おかあちゃんごめんなさい。ぼくはわるいことをしました。



12/24が通り過ぎて行って、またひとつ30代の泥濘に足を取られてしまった感がある。去年泥にはまったのが右足だとしたら今年は左足であって、あとはもう胴からずぶずぶ沈んでゆく実感だけがただある。さらに家庭と生活があるものだから、独身の時よりも個性の主張とかはあまり無くて、あとは丸く丸く、ぐでんぐでんのドロドロになって、日常と溶け合うしかない。これを悲しいと捉えるか幸せと捉えるか、何と解釈するかは人によるから何とも言えないのだけれど、ぼくは少なくとも、痛しかゆしだなあと思う。毎日と毎日しかない2人夫婦の家庭は、いろいろな事情があるのだろうけど、すごいなと思う。毎日と毎日しかないから、子の成長が楽しくて仕方ない。最近はまた、子はかすがいという言葉の、芯からの意味が理解できるようになった。性格真逆で駅までの道順も違うひとと結婚できて良かったなと単純に思うけれども、こういうことを感じることもまた、嫁あって子がうまく育つことを目の前で見ているからに他ならない。早朝寝ているとぼくの耳の穴に思いっきり指を突っ込んでグルグル回すくらいのことは出来るようになってきた。いろいろ苦労は多いが、子の成長は楽しい。



今年はこれで4回しかブログを書いていないみたいなので、来年はもっと書きたいけれど、安易な選択肢としての子育てブログには逃げないので、初回から貫いてきた社会派ブログの姿勢だけは変えないつもりです。




(12939db-吉田一郎)

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# by ahoi1999 | 2017-12-27 01:30 | 生活 | Comments(0)

今年の夏のこと

サラリーマン人生でおそらく今後絶対ないと断言できるほどの長期休暇を取っている。昼下がり、朝いちばんに嫁が干してくれた洗濯物を取り込むためにベランダを行く。わりと静かな通りの向かいにあるローソンストア100の前で、縁石に腰掛けながらスーパードライを飲んでる無職風のおっさん2人が見える。既にろれつが回っていなく、言語不明瞭すぎてその会話の内容がさっぱり分からない。ただ時折互いの顔を見合わせて、『ダッハッハッハ!』と笑うので、たぶんお互いでのみ会話は成り立ってるんだろう。夏の日差しがすこぶる強いので、早々用事を済ませて部屋に戻る。そういう日々が過ぎて、いま7日経った。


休暇の理由は一応新婚旅行と言うことになっている。けれども、それは昨年あるべきもので、つまり仕事が忙しくて取れていなかった休暇をいま取っている。あとこれは主な理由ではないのだけれど、ストレスが凄すぎて帯状疱疹という病気にかかって、思い切って休もうかと思ったことも理由のひとつだ。7月の始めの土曜日、首筋から肩にかけて得体のしれない虫に刺されたような感覚を覚えて、家の姿見で確認してみたら、違和感のある場所がボッコボコに腫れ上がっていて卒倒しそうになった。慌てて近所の皮膚科を探した。2~3年前、色んな人とめちゃくちゃデート行ってた時くらいグーグルを駆使して検索した。ホームページのある病院に片っ端からアクセスするようにした。ぼくはこういう時、新しくかかる医者のプロフィールをしっかり確認するようにしている。結局、卒業した大学ではなく「灘高校卒」を推しまくってる、ひ弱なメガネが院長をしている町医者にかかることにした(院長紹介の本人画像が東京上野クリニックみたいなタートルネックだったこともポイントが高かった。やっぱりホーケイなんだろうか)。


院長は、おそらく人の目を見て話すことが苦手なタイプなんだろう。ぼくの口元を見て問診してくる。人の目を見て話すことが出来ない人は口元を見ろ、みたいな指南書を読んだことがある。『あ~~。え~~とこれは帯状疱疹ね。原因はストレスね』と言う。ぼくはこの時、刺すような痛みと灼熱感に襲われていたのだが、さすが灘高校卒となると苦しむ患者を目の前にしても冷静である。『この病気にはね、この薬が効くんです。これね。飲み方も書いておくから。これがいちばん重要な薬ですからね』などとひ弱メガネは念押しして言い、ひとつの紙片を手渡してきた。

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何ひとつとして分からないことをお分かり頂けただろうか。結局この病院では5種類の薬を処方され、1日3回を1週間ほど飲み続けたのだが、灘高校卒のひ弱メガネがこの紙片で何を伝えたかったのか、ぼくはいまだに分からない。ただ、彼の言うとおりに薬を飲み続けると、症状は治まり、現在では何の支障もなくなっている。『結構な人が後遺症が出ますからね、おかしいと思ったら来てください』とぼくの口元に語り掛ける彼は、実のところ名医だったのかもしれない。



昨日の夜、嫁が『またカツヤからライン来てる』と言った。カツヤはすごい奴で、我が家のアイドル的ポジションを獲得している。2年前、大阪の布施で自転車に乗っている嫁を自転車で追いかけてナンパしてきた奴だ。その時自称31歳だったから、いま33歳ということになる。あまりにもしつこく、またちょっとオモロイなと思った嫁はライン交換した。以来、完全既読スルーをしている嫁に対して3週間に一度のペースで『こんばんは』『どうしてる?』などとラインを送ってくるのだ。ざっと計算しても34回以上は既読スルーされていることになる。カツヤはすごい。頭がおかしい。大体にして、自転車に乗ってる女を自転車に乗ってナンパするのも斬新である。もっと言えば、嫁はピアスを両耳20個くらい開けていて、まさに「人間知恵の輪」みたいな耳になっている狂人であるわけだし、見た目100%のナンパでもってどうこうする女ではないのである。夫のぼくが言うんだから間違いないでしょう。とにかく頭がおかしいカツヤからのラインを、われわれ夫婦は待望しているのである。決してブロックはしない。ブロックするときは、われわれが離縁する時だと互いに決めている。そして、ブロックされたら相手に関わらずなんとなく寂しい気持ちになることも、われわれ夫婦は知っている。


嫁はカツヤに限らず変な奴を引き寄せる性質の持ち主らしい。先日は明らかに挙動のおかしい老婆に声をかけられた。近所のスーパーまで買い物に行った帰り、ぼくはベビーカーを押し、嫁はキャベツやネギを入れた袋を持っていた。家路を急いでいると、生活道路のちいさな四つ角に立つ電信柱に寄り添って、腰の曲がった老婆がたたずんでいた。その目はジットリとしていて、一見、常人ではないオーラをまとっていることは確かであった。ぼくはベビーカーのハンドルをぐっと握る。何か起きては大変だ、あいつはきっとキチガイに違いない。目を決して合わさぬよう、通り過ぎる。その瞬間だった。『おねえちゃん、野菜いらんか。』嫁が声を掛けられてしまった。ぼくではなくて、嫁だ。『おい行くぞ!』と声をかけたが、ずんずん老婆の方へ歩み寄っていく。ダメだ、何でこういう時に夫の言うことを聞けないんだ。普段は聞かなくていいからこういう時だけは素直に聞いてくれ。『これナ、うちの庭でナ、取れてん』と言い、老婆は「業務スーパー」と書かれたビニール袋から、完全な雑草を取り出した。ビニール袋に一掴みの、完全な雑草。いよいよ勘の鈍い嫁も口を開く。『はあ。貰っていいんですかこれ。』お前それ貰うんかい。完全な雑草やぞ。どないすんねん。夫には物を捨てろ捨てろと言うのに嫁のお前はババアの雑草持って帰るんかい。瞬時に心の中で突っ込んだものの、声に出すことは出来ず、ぼくはただただ息子が眠るベビーカーのハンドルをグッと握っていた。その時だった。老婆が口をもごもごさせたと思いきや、今日いちばんの大声で『おねえちゃんお金はろうて!50円でもええワ!ナァ~~!!!!』と叫んだ。業務スーパーの袋に入れられた完全な雑草は50円~であることに衝撃を受けた。思わず嫁の顔をみると、みるみる顔がこわばってくるのが分かった。『は?これお金とんの?ほないらんわ』そう言って嫁は、てくてく歩きだした。ぼくも一刻も早く立ち去りたかったので、合わせて歩き出した。背中から老婆の『50円でもあかんか~~!!!?おねえちゃん!!!!??』という絶叫が聞こえた。嫁は『あんなババアに関わってるヒマないわ』と冷たく言い放った。ぼくは完全に頭が混乱して、その日は早く寝た。


この土日が終われば、長い休暇も終わる(いまは便利なもので、家にいても職場と変わらないくらい仕事ができてしまうから、あまり休んだ気になっていないのだけど)。2017年春から夏にかけて、自分の中で今まで以上に「生活」のウエイトが大きくなった。つまりこの休暇は「生活」を満喫した。家事と育児は生活そのものだ。生活はレジャーではないから、満喫もくそも無いのだけれど。


日々ほぼ100%生活、という環境の中に自分を置いてみると、例えば喜怒哀楽の前提がかなり違ってくる。だから、価値観が違ってくる。以前ぼくは、いわゆる家庭生活に浸りすぎると「感性が摩耗する」と言ったことがあるのだけど、それは自分が「自分のために自分をどうしていくか」という前提があったから。今は「家族のために自分をどうしていくか」ということに変わって来たし、あたらしい家族とか子の親とかいう目の前の役割があって、またそれは不可抗力的に作用してくるものでもあるわけだから、自ずと価値観も変わらざるを得ない。大学で勉強している間は「ライフステージ」と言われてもあまりピンと来なかったし、自分には遠いものだなと思っていたけれど、もうこんなところまで来ちゃった。30歳男の夏はこんな風にして過ぎていくみたいです。




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# by ahoi1999 | 2017-08-05 04:03 | 生活 | Comments(0)


内務省御検定済


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